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アラン・ドロンの訃報に寄せて、2題

アラン・ドロンが亡くなったので、
フランス語版ウィキペディアが詳しい(裏社会との繋がりも含めて)ですね。

日本語版は別内容(短縮版風)ですが、一応貼り付けておきます。

個人的に好きな、彼が主演した映画は、『フリック・ストーリー(デカ物語)』だったりしますね。

この映画は、実話を脚色したフィクションですが、“公共の敵”と呼ばれたエミール・ビュイソンを逮捕する際の関係者によって証言が食い違っている(ビュイソンに手錠を掛けたのは誰だったのか)のですが、逮捕する際に大きな役割を果たしたのが、ロジェ・ボルニッシュの妻であるマルティーヌであったことだけは間違いないと思われます。

http://www.kinenote.com/sp/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=12583&fbclid=IwY2xjawEyjKpleHRuA2FlbQIxMAABHQKGp1XnS-6vMznIj4JmH6Ks2LKu1GmMCDsSrJQot0kxHLsr6vEsOS2o5Q_aem_V_QrtfOCUVNx4lRk8nkGiA

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Flic_Story?fbclid=IwY2xjawEyjN9leHRuA2FlbQIxMAABHaPjxRf8Nwn7l_k4Xw_ckxG_SyJVI8OmTBhc63qf6QvFjjdYkZH-FI177g_aem_7WaUiXisK-mGdkb92-IDvQ

公共の敵ナンバーワン、エミール・ビュイソン が逮捕された。
1950 年 6 月 10 日。
この逮捕により、いくつかの(関係者による証言について、いくつかの異なる)バージョンが生まれました。
ロジェ・ボルニッシュは、妻のマルティーヌがベルトを巻いた(=手錠を掛けた)と主張している。

彼に手錠をかけた事実と、 当時の公共の敵No. 1の捜索における各人物の本当の役割をたどることが可能になります。

ロジェ・ボルニッシュ氏の元「上司」である地区委員長シャルル・シュヌヴィエ氏は、著書「La Grande Maison」の中でこのようにボルニッシュ氏を批判している。

彼は(ロジェの妻の)マルティーヌ・ボルニッシュの勇気を強調して、エミール・ビュイソンの逮捕を詳しく語り、
ロジェ・ボルニッシュ警部の助けを借りてビュイソンを圧倒したのはギラール首席長官だったと説明した。

※※※

一方、これは、飛び切りの秘話ですね。

黒柳徹子さんが、彼女のインスタグラムで、次のような投稿をされています。

永ちゃんも、
粋な計らいを
したものですね。

To Kuroyanagi
Unfortunately I haven’t
known you long enough
maybe next time
from AlanDelon

黒柳さんへ
残念だけど、あなたの事を
知る時間が 十分にはなかった、
また会いましょう
アランドロンより

二枚目と三枚目の写真を見ると、美しい黒柳徹子さんに対して、彼が半分本気(フランス人の女性に対するマナーとしても)でジュ・テームを呟いた可能性は十分にありますね。

それを自慢するでもなく、じっと自分の心の扉の中に大切に仕舞っておこうと決めたことを、彼の死とともに、自身の年齢も考慮して、敢えてこの期に及んで話しておこうと思ったのかもしれませんね。

ファンからのコメントも、愛に溢れていますね。

tetsukokuroyanagi
2日前
アランドロンさんが亡くなった。

随分前になるけど『夢であいましょう』という番組に、アランドロンさんが出演した。脚本も書く永六輔さんは、面白がってアランドロンさんが、私と話していて、何度も『愛してる』とフランス流に私に言うシーンを作ってくれた。

アランドロンさんには、私が真剣に『愛してる』と言われて胸を打たれているという風に演技をするので、その様に、演じて欲しいと、頼んでくれた。

アランドロンさんは、私の手を両手で握って、何度も『愛してる』と言った。

考えてみればアランドロンさんには無理な話だった。

ハンサムな彼の美しい、おでこに、青筋を立てて、いくつかの『愛してる』を言った。私はフランス語を習っていたので、少しは彼の言葉がわかった。

でも逢って数時間も経っていないのに。時間がきて番組は終わった。

(永ちゃんは、この番組の寸劇のエンディングとして、彼女が愛を囁かれてうっとりとしていたところ、いつの間にかアラン・ドロンさんが居なくなり、黒柳徹子さんが、「あらん…ドロン!」とため息をつくという“オチ”まで用意していたそうです)

それからみんなで、なぜかクラブに行った。
時間が遅くなり、偶然私とアランドロンさんは一緒のタクシーに乗った。
彼は品川のプリンスホテルに帰ると言った。

彼が車を降りるとカメラを持ったマスコミの人達が、私達の車のあとをつけて来て、いきなりフラッシュが音をたてて光った。

それまで優しく話していた彼は、車から降りると大声でフランス語で何か叫んだ。

そして私に窓の外から『早く帰りなさい』と言ってもっと大声でマスコミに叫んだ。

(この頃から、欧州では、パパラッチにスターが悩まされていたのだろう。そして、黒柳徹子さんがスキャンダルに巻き込まれないようにするための配慮もあったのだろう)

明るいホテルの入り口をバックにして暗い夜に叫んでる彼は、まるで映画を見ている様に思った。

次にアランドロンさんにお会いしたのは、なぜか、アランドロンさんが、着物を着て帯を締めてキリリとしていた時だった。

確かNHKで会ったのかはっきりしないけど、髪の毛が短めでその髪が黒っぽい着物と帯にピッタリで、日本風に言うとシャッキリとしているお兄さんという感じがした。

その頃アランドロンさんは着物に凝っていて女性の着物も作ってみたいと言う様な事も言っていた。

着物を着ているアランドロンさんの写真を見ると、ビックリするほど和服が似合ってる。

黒っぽい和服のアランドロンさんは、まるで喪服を着ている美しい女性の様に私には見える。

1枚目の写真は、アランドロンさんに初めてお会いした時にいただいた、ブロマイド写真です。
いただいた時は、気付かなかったのですが、ブロマイドにメッセージが書かれていたんです。
黒いセーターの上に黒のペンで描かれてたので、まったく気付かなかったんです。
何十年も経った引っ越しのときに、発見しました。(インスタの写真は、文字が読みやすいように、加工してます)


To Kuroyanagi
Unfortunately I haven’t
known you long enough
maybe next time
from AlanDelon

黒柳さんへ
残念だけど、あなたの事を
知る時間が 十分にはなかった、
また会いましょう
アランドロンより


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