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短編小説 『負け知らずの男』




僕はジャンケンで負けたことがない。
文字通り、人生で一度も。

ジャンケンに必ず勝つ、という異様さをいよいよ自覚し始めたのは中学生の頃だった。あんまりにも強いので、その頃には僕とジャンケンをしたがる奴なんてもう、誰もいなくなっていた。
ジャンケンだけでなく、いくつかの選択肢から自分で選び取ったものに関しては、負けない。それが僕の天から授かった不思議な力だった。テストでも選択式のものは毎回100点だった。その調子だからろくに勉強もせず、文章題のテストはいつも散々だった。

一方、誰かに何かを選んでもらったり、仕方なくその選択肢を選ばざるを得ない状況だったり、そして僕自身が他の選択肢の存在を意識できていなかったり、すなわち「選んでいるという自覚がない」ときは、この力は効果を発揮しないようだった。

この能力のおかげで僕は大分楽な人生を歩んできたと思う。もっとも、人生は選択肢の中から選べることばかりではないということもよくよく思い知らされたが。

大学も自分で選んだが、その先何が「勝ち」だったのかは、ついぞ分からなかった。サークルでは卒業のときに涙するような良い仲間を作り、楽しく酒ばかり飲んでいた学生生活だったが、これはこれで「勝ち」だったのだろうか。

就職もそうだった。当時の就職人気ランキング上位10社の中から3社を選んでみたのだが、どうやら1つに絞らないと能力は発動しないらしかった。見事に全滅だった。

なんとか入社した会社では、配属先の希望を一つに絞り、無事通った。そこでの仕事は僕に合わなかったようで、非常に苦労したが、それでもいつかは成功するだろうと鷹を括って続けていたら、なんだか知らないが周りが引き立ててくれて出世していくことができた。

「いくつかの選択肢から選ぶ」ため、結婚するにあたって見合いをすることも考えたが、僕は付き合っていた彼女にゾッコンで、他の人など考える余地はなかった。いくつかの選択肢から選んだという感覚は皆無だったけれど、妻との結婚は間違いなく正解だったと胸を張れる。もしかしたら「彼女と生きていくか、いかないか」という二択の中で、僕は選択をしていたのかもしれない。

さてなぜこんな大昔のことを今振り返っているかというと、僕は文字通り、人生最大の選択に直面している。

昨年、余命1年の告知を受けた。病状はみるみる悪化し、痛みは僕の身体と心をこれでもかというほど蝕んでいった。家族も目を背けるほどの僕の叫びようと苦しみようを見かねた医者は、ついにこの前合法化された、安楽死制度の本人受諾プロセスについての説明を行った。

このまま辛い治療を続けるか、それとも安楽死を選ぶか。
遂に僕に選択肢が渡された。

迷うまでもない。
僕が選んだ選択は、必ず僕の幸せに繋がるはずだ。
なぜなら僕は、ジャンケンで負け知らずの男なのだから。

僕は決意を胸に目を閉じた。



***



あなたの葬儀は、慎ましくも、とても幸せな空気に満ちたものになりました。
安楽死を選ぶ、と言ったあなたの穏やかな、でも決意に満ちた表情を見て、私も子ども達も反対しようだなんて、それはもう微塵も思いませんでした。

訃報を親しい友人の皆さんに送ると、人づてに知れ渡っていき、多くの方々が連絡をくださいました。
あなたは、どの場所でも自分で決めたら最後までやり切る人だったのですね。大学の友人の方はその姿に勇気をもらい、とても励まされたとのことでしたよ。

あなたの最初の職場の同僚という方も参列くださいました。
何度も泣きながら、でも諦めずに仕事に食らいついていくあなたの姿勢に、その方は一念発起されたそうです。

そしてあなたをここまでしっかり支えたとのことで私までも、多くの方から労いの言葉を頂きました。もったいないことです。私は一生懸命なあなたをただ応援していただけだというのに。おかしな話ですね。

あなた、そういえば参列の最後にいらした小学校時代の友人という方が、あなたに贈り物とのことで飛行機のプラモデルをお持ちになりましたよ。ずいぶんと年季が入っていらっしゃるなあと思って見ていたのですけれど、子どもの頃、おもちゃ屋さんで最後の一つのプラモデルをあなたと取り合いになって、ジャンケンであなたに勝ったのでその方が買っていかれたとのことでした。あなたから取ってしまったようで、今になっても気を揉まれていたそうで…。


……あら、あなた。「俺は人生でジャンケンに負けたことがないんだ」っていつも仰っていませんでしたっけ。

……ふふ、今となってはまあどうでもいいことですけれど。


…あなた、聞いていらっしゃいますか。
あなたはきっとこの選択を、そちらで正解にされていくんでしょうね。
私もあなたを見送ったこの選択を、必ず正解にして参ります。


何せ私は、ジャンケンで負けを知らない、あなたの妻なのですから。



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