考え之介

企業で働く物書き。物語や詩を書きます。丁寧に生きるのが上手な妻とよだれが止まらない息子…

考え之介

企業で働く物書き。物語や詩を書きます。丁寧に生きるのが上手な妻とよだれが止まらない息子と三人暮らし。ビールをこよなく愛するが、おなか周りが。おなか周りが。読書、マンガ、ランニング、山登り、英語。考えごとと、言葉が好き。

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  • 僕の言葉の森

    僕の言葉の森に植えさせて頂きたい記事をまとめています。 https://note.mu/nazewokangaeru/n/ne66199a9189f

  • 考えるって楽しいね。

    なんでもないことをあーでもないこーでもないと書き連ねていく、考え之介のエッセイ集です。

  • 考え之介の手書き詩

    世界に一つのフォントで 言葉をお届けに参りました。

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短編小説 『母の味噌汁のレシピ』

なぜこの味噌汁を飲むと、涙が止まらないのだろう。 母が死んだ。 連絡を受けた時にはすでに末期の大腸ガンとのことだった。 毎年健康診断は受けていたはずなのに、なぜ、という気持ちは拭えなかったが、誰かを責めている暇もなくその1ヶ月後、母は自宅で静かに息を引き取った。 涙は出なかった。 料理の上手な人で、それが僕の自慢だった。 友達が遊びに来ると、いつもとても褒められる。 そんなことないわ、褒められちゃっておばちゃん嬉しいわ、と顔を赤らめる母を見ながら胸を張るのが僕の仕事

    • 短編小説 『金色の稲穂と彼女のふくらはぎ』

      私は全力で走っている。視界の隅を黄金色の稲穂がざあざあと音を鳴らしながら揺れている。稲穂をなぎ倒していく風が鮮やかな陰影を作り、左から右へと流れていく。その陰影は、ちっちゃな私を飲み込んで大きな波となり、向こうの山まで続いていく。両膝に交互に体重がかかる。私のふくらはぎはそれを受け止めては跳ね返す。膝がスカートのプリーツを弾く。私はそうして田んぼの一本道をただただ走っている。後ろから自転車が追いかけてくる。私は全力で、それはもう全力で走り続ける。手を前後に思い切り振り抜きなが

      • 短編小説 『負け知らずの男』

        僕はジャンケンで負けたことがない。 文字通り、人生で一度も。 ジャンケンに必ず勝つ、という異様さをいよいよ自覚し始めたのは中学生の頃だった。あんまりにも強いので、その頃には僕とジャンケンをしたがる奴なんてもう、誰もいなくなっていた。 ジャンケンだけでなく、いくつかの選択肢から自分で選び取ったものに関しては、負けない。それが僕の天から授かった不思議な力だった。テストでも選択式のものは毎回100点だった。その調子だからろくに勉強もせず、文章題のテストはいつも散々だった。 一方

        • 短編小説 『僕らの銀河鉄道の夜』

          『天の川銀河系 Z4016号特急列車にご乗車の皆様にご案内申し上げます。本列車は間もなく、次の駅に停車致します...』 *** 昔友達の部屋で見かけた、ある物が僕の心を掴んで離さなかった。それは星型の蓄光シール。明所で溜めた光で、暗闇をほのかに照らす。友達は自室の天井にこのシールを貼り、自前のプラネタリウムを作っていた。僕はそれが羨ましくて堪らなかった。 ある日僕は、親に一生のお願い、とせがみ倒してついに星型蓄光シールを手に入れた。部屋の天井に星を敷き詰めると、僕は揚々

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        短編小説 『母の味噌汁のレシピ』

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        記事

          短編小説 『ブルー・ブルー・トゥース』

          ケーブルがないのに音が聞こえる、不思議なイヤホンを買った。 Bluetoothイヤホンと言うらしい。 翌朝電車を待つホームで僕は、手慣れた風を装いながらBluetoothイヤホンを装着した。 音楽が聞こえてくるはずが、アプリの再生ボタンを押しても一向に音が聞こえてこない。どうしたのだろう、とスマホを触っていると、微かに何かが聞こえ始めた。 耳をすますと、どうやら誰かの話し声のようだった。 思わずスマホの音量ボタンを操作する。 聞こえる声は大きく、鮮明になっていった。

          短編小説 『ブルー・ブルー・トゥース』

          短編小説 『胡蝶の夢』

          妻は、私が科学者として得た、人生最大のプレゼントである。 私は人工知能学者だ。空前のAIブームも相まって時代の寵児のように扱われたこともあった。 私が人工知能を研究しているのは他でもない、妻に人工知能で作り上げた自分自身をプレゼントするためだ。歳の離れた妻には、これまで本当によく支えてもらった。寿命の常で私が先に死ぬことは間違いないが、彼女を自分の死で悲しませたくない。 「あなた、たまには休まれた方が良いのではないですか。」 妻の心配に、私は朝食を頬張りながら答える。

          短編小説 『胡蝶の夢』

          短編小説 『いもむし』

          それはそれは霧深く、街灯のオレンジが柔らかな霧の白と混ざり合う夜のお話である。 私は待ち合わせのため、駅前のマクドナルドに入店した。人はあまりおらず、店員もこちらに気付くと少し目をキラッとさせてから 「いらっしゃいませ。」と言った。 私はとりあえずコーヒーを一杯購入すると、適当な席に腰かけた。最近のマクドナルドによくあるようなおしゃれな内装である。水をたっぷり吸った樹木のような濃い茶色の壁が美しい。 しばらくコーヒーで手を温めていると、一人の女性が私の目の前に座って

          短編小説 『いもむし』

          短編小説 『人生ランナー』

          はっ...はっ...はっ...はっ...はっ... 規則的な自分の呼吸音だけが頭蓋にこだまする。 素人に毛が生えた程度の市民ランナーの私は、5kmを過ぎるともう息が上がってくる。いつもならとっくに切り上げて、さあひとっ風呂浴びてビール、といくところだが、今日はここでやめるわけにはいかない。 ...何としても、一刻も早く、コースをもう1周しないと。 私が走っているのは都内の広大な公園のランニングコース。 選ぶコースにもよるが、私が今日選んだのは1周あたり1.5kmという一

          短編小説 『人生ランナー』

          短編小説 『妻が消えた日』

          妻が蒸発した。 朝起きて、寝惚け眼でリビングのドアを開け発した「おはよう」の声は、さんさんと差し込む朝日に吸い込まれていった。テーブルの上には湯気が立っているコーヒー。私の好物のベーコンエッグと、みずみずしい野菜がふんだんに使われたサラダ。少し焦げ目がついた、香ばしい匂いのトースト。すべてが2セット。 つい先程用意したとしか思えないほどあたたかで、色彩にあふれた朝食が乗せられた食卓がそこにはあった。しかし。そこにあるはずの妻の姿がない。 妻の名前を呼んでみるが、返事がな

          短編小説 『妻が消えた日』

          短編小説 『彼と私のトリックオアトリート』

          10月31日。 数年前から始まったハロウィンブームの影響か、街は10月下旬頃からオレンジに色めき立つ。 確か元々はアメリカの秋の収穫祭か何かで悪霊を驚かして追い出すための祭だったはずだ。だが今の日本はどうだろう。お互いに格好の奇抜さを讃え合い、酒を煽る。若い男女にとっては出会いのイベントになっている。 もっとも、私には縁遠い世界の話だが。 そう思いながらズレ落ちた眼鏡をいつもの手グセで、人差し指一本で鼻当てのあたりを持ち上げて元の位置に戻す。 私はある市立図書館で働

          短編小説 『彼と私のトリックオアトリート』

          短編小説 『君は教室で浮いていた』

          僕がその変化に気付いたのはある麗かな春の日だった。 幼馴染のあの子が、少しずつクラスの中で浮き始めた。 最初は誰も気付かないほど微かであったが、周囲の女子が彼女のことを純粋な瞳で陰で笑うようになり、クラスの中心的な男子も彼女を冷ややかな目で見るようになっていった。 時が経つと、クラスは彼女を嗤うことをやめた。 彼女は日増しに空気のようになっていき、彼女の存在に気付いているのも僕だけになってしまったように感じられた。 彼女は明らかに、浮いていた。 よく見ると上履きは地を

          短編小説 『君は教室で浮いていた』

          短編小説 『声の紙飛行機』

          「たまには会うか。」 私は彼からのメッセージに既読を付けるも、しばらく返信をしなかった。早く返してしまうと、自分の気持ちを見透かされてしまう気がした。でも返信を先延ばしにすればするほど、自分の気持ちが炙り出されてしまう気もした。 不意に、携帯を持つ自分の手が微かに震えていることに気づく。自分の身体のことなのに、目で見て初めて震えに気付くだなんて、頭と体が二つに裂かれてしまったような気がして、うすら寒い。 私は小学校の頃に一度だけ、彼と手紙のやり取りをしたことがある。やり

          短編小説 『声の紙飛行機』

          短編小説 『二人の出会いは網棚の前で』

          「私達が出会ったのは、電車の網棚の前でした」 参列者はマイクを持つ新郎に目を向けた。 「私達が初めて出会ったのは、忘れもしない4年前の秋の日のことです。私はその日出張帰りで、大きな荷物を沢山持って電車に乗っていました。そろそろ帰宅ラッシュに差し掛かる...という時間でしたので、座席の前に立つしかなく、両手を塞ぐ大きな紙袋がひどく邪魔で、辟易していました。網棚に荷物を上げれば...という声が聞こえてきそうですが、皆さまご承知の通り、私はあまり、というか全然身長が高くありませ

          短編小説 『二人の出会いは網棚の前で』