アトランティス幻視 崩壊前夜2 菫

朝陽が昇りはじめる
夏の日差しは強く地面を焼き
気温はじりじりと上がり始める

元来青いドームの中は環境恒常性機能により
いかなる場合も生物にとって快適な環境を
保っている

はずだった

異変は少しずつ
確実に進んでいた

守られたはずのドーム内でも
肌に感じる日差しの暑さが日々増している

もはや気のせいではすませられないほどに
外気の変化の影響がドームのなかにも及んでいた

巨大な中央樹から放射状に延びる
水路を繋ぐ橋の上を
天狼星は足早に進んでいく

ふいに主上、と呼び掛けられ振り向くと
登りかけた朝日を背にして小さな人影が近づいてくる

明るい紫の大きな瞳
豊かな栗色の髪を肩で束ね
優しい月の形の眉を気遣わしげにひそめた
小柄な乙女である

菫か、
天狼星は思わず息をついた

はい主上、おはようございます

朝露をたっぷりと含む
まだ摘んだばかりの草花を
胸の前に抱えて
菫は輝くような笑みを浮かべる

その花は?

天狼星が問うと

夏至祭りが近いので祭壇の花を選んでおります
今年の星回りですと、少し落ち着いた色味と
香りの草花がよいのかなと

菫は抱えた花束に目を落としながら答える

ああそうだ
もうすぐ夏至祭、だな。

少し固さを帯びた天狼星の言葉に
菫は小さく首をかしげる。

もう少し華やかな様子にいたしますか?

無邪気な娘の様子に
天狼星は、ふ、と笑みを漏らした

いや、その花でよいだろう
星の神殿に相応しい良い花選びだ

その言葉に菫ははにかむような笑顔を返し

ではこの花にいたします
主上も後で見にいらしてくださいね

膝を折り小さくお辞儀をすると
菫は踵を返す

天狼星はふとその背に声をかけた


幼生の生育は順調か?

振り返った菫は笑顔で答える

はい、お陰さまでもうすぐ
コアの乗り換えが出来るくらい
大きくなりました

主上が幼生に関して言及することはかつてなく
菫は意外な思いにとらわれる
しかしその疑念はすぐに消え去る
主上の仰せは絶対なのだから

いつでも乗り換えができるよう
準備をしておくように

天狼星の言葉に
菫はこくりと頷く

はい、主上
仰せのままに

深くお辞儀をし
輝くような笑みを見せ

菫は星の神殿への道を歩き始めた

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