アトランティス幻視 崩壊前夜4 風の神官 隼

背を焼く日差しがふいに翳る
肩にかかる薄物の感触と共に
聞き覚えの在る声が
思いがけず近くで聞こえた

星読みさま
如何されましたか

日除けの布を差し掛けながら
気遣わしげな様子で覗き込むのは
薄い銀の地に
裾のみ濃い青に染められた
風の神殿の式服を纏った
若い神官だった

アトランティスには
五つの神殿が存在する

星花水風石

それぞれに違った役割があり
この街が地球と調和して存在を続けるために
創生当初から続く大切な儀式を執り行う
街の鎮目である

天狼星は星の神殿の最高神官として
朱斗より命を拝してより長く
ほとんど創生当初より
最も要たる星の儀式を守ってきた
この街の長である

民は心からの尊敬と親しみを込めて
彼を星読みさま、と呼んでいる

星読みさま
お顔の色が真っ青です

ふわりとした雲のような銀の髪
優しげな銀色の瞳が
気遣わしげに天狼星を見つめている

ああすまない
日差しに当たりすぎたようだ

言葉を返すと
銀の髪の若者は
安堵したように息をつき
一度俯く

そして再び天狼星に向き直ると

今日は日差しがきついですし
少し休まれた方がよろしいかと存じます
風の館にお連れいたしましょう

天狼星が小さくうなずくと
彼は天狼星の日除けをかけ直し
力強く天狼星の肩を支えながら
風の神殿へ歩を進めていく

先程の衝撃が少し抜け
天狼星は
自らを支え歩く若者に目を遣る

どこか覚えのある気配がする

器を変えたばかりなのだろう
見た目は少年のようだが
その目は思慮深く知恵に満ちている

名は

短く問うと若者は目を伏せながら

隼と申します
一月前に器を変えました
星読みさまにおかれましては
久しくお目通りも致しませず
大変失礼をいたしておりました

隼、と聞いて天狼星は思い出す

それは風の神殿で数本の指に入る高官で
かなりの長寿を誇っていたが
蓄え続けた古き知恵を伝え終われば
久しく行わなかった器換えをすると
それは春になる頃の会話であった

そうか隼久しいな
新しい器は馴染んだか

問いに隼はわずかに笑顔を浮かべ
はい、星読みさま
体は楽になりました

なれどやはり
蓄えた知恵はそのほとんどを失いました
今は転写しておいた情報を
石の神殿にて再読み込みしております

僅か寂しげなその口調に気付き
天狼星は自らを支える彼の腕に
優しく触れた

器換えが無事にすんでよかった
戻られて嬉しくおもう
愛しき我が民よ

その言葉に隼は軽く目を見開き
俯く目の端に
小さく涙を光らせた

隼の涙を見て
天狼星の心に再び火が点る

まだ時間はある
街を守る術を今一度探そう

支える隼の手を強く握る
生きよ、と願いながら

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