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Psalm 43 / Richte mich, Gott Op.78-2

合唱にとって、言語は壁のひとつだと思う。
ただ、その壁を超えたところに豊かな世界が待っているのは真だ。

団員のすみおくんの強い希望もあり、
久々に合唱団ぽっきりでドイツ語に取り組むことになった。
メンデルスゾーン作曲の「Richte mich,Gott」だ。

合唱練習の前に改めて作品に向き合う。
Psalm(詩編)は旧約聖書に収められている150編に及ぶ詩だ。
詳しい説明はここでは省くが、誰かひとりが書いたわけではなく、長い間収集されたものが収められている。

旧約聖書はユダヤ教の聖典であり、ユダヤ人の歴史書という性格も持っている。そのため、旧約聖書の世界は、単なる歴史上の物語ではなく、今に繋がってくる。なぜ、イスラエルとパレスチナの問題が起こったのか、なぜ東エルサレムに3つの宗教の聖地があるのか、なぜイスラエルはあれほど強硬にパレスチナを攻撃するのか、その精神性など、旧約聖書から分かることはたくさんある。

今回演奏する詩編43編は、バビロン捕囚の時代に読まれたものである。バビロン捕囚とは、紀元前597年から行われた、ユダ王国のユダヤ人たちがバビロンを始めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行され、移住させられたことを指す。

ただ、現代において詩編を歌うことは、ただユダヤ人の歴史を歌うことではない。キリスト教において、テキストは個々の具体的な事象から、昇華され、人間の精神のありようの鏡像となっている。

詩編43編を読むとき、この詩を歌うことの意義をこれほど感じる時代はない。元旦に起きた地震のニュース、ウクライナやガザ地区での出来事。己の無力さとを痛感する。

メンデルスゾーンの「Richte mich,Gott」は大きく4つの部分に分けられる。
第1部(1-20)は、自分の苦難に対する神への訴えと嘆き、戸惑いからなる。音楽による情景描写が実に豊かだ。
第2部(21-33)は、神への信仰を伝える。この部分の男声と女声の和音の重なりが、現代風の言い方をすると、とてもエモい。
第3部(34-72)では、神を賛美する3拍子が出てくる。琴や歌が出てくる華やかな部分だ。この部分は更に2つに分けることもできるだろう。

そして、第4部(73-)の1節を聴くたび、私は涙を禁じ得ない。
Was betrübst du dich, mein Seele,und bist so unruhig in mir?
(なぜうなだれるのか、わたしの魂よ。なぜ呻くのか。)
今、まさに地震や戦争で苦しんでいる人がいる現実がある。この世に生きていると悲しいことが多くある。
また、ここの音楽の作りが素晴らしいのだ。男声がD-durを伸ばしているところに、女声がユニゾンで問いかける。そして、男声の歌詞は「私の神よ、私の神よ」と何度も歌う。

和声進行も魅力的だ。D-durのⅠから、Ⅰ→Ⅴ1→Ⅵ→Ⅱ→Ⅰ1→Ⅴ/Ⅴ72→Ⅴという展開。SeeleのleがⅥの和音というところで、もう泣いてしまう。

その後の「Harre auf Gott!(神を待ち望め!)」は、もし私が敬虔なキリスト教徒であれば、強く神を願うのだろう。しかし、これは宗教を超えて、祈りのことばとして歌って良いのだと思う。今、苦しんでいる人々に救いが来るように、「Harre auf Gott!」と。



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