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交響組曲『魔女の宅急便』~久石譲×新日フィルが掛ける"魔法"の温もり

※以下は『Symphonic Suite ”Kiki's Delivery Service”』(2020/8/19発売)のアルバムレビュー文としてまとめたものを、再編・加筆修正している。


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“組曲”らしく丁寧な再編集


久石譲本人による宮崎駿作品楽曲の“組曲化”における試みについては、これまでにも古くは「交響組曲『もののけ姫』」(1998)や、近作「交響組曲『天空の城ラピュタ』」(2019)などが制作されてきたが、今作の「Symphonic Suite “Kiki's Delivery Service”」においては、それまでに蓄積されてきたオーケストレーション経験にもとづいた映画音楽に対する”クラシック要素の抽出”と、物語世界の新たな側面の“音楽表現”としてその魅力を存分に味わうことができる。
なお映画『魔女の宅急便』使用曲のオーケストラ版においては、「“Kiki's Delivery Service” for Orchestra」(2014)などがすでに制作されてきている。

下敷きとなる『魔女の宅急便 サントラ音楽集』(1989/徳間ジャパン)における楽器編成についていえば、久石の好むニーノ・ロータなどが根底に見えるようなシチリアーナ様式もしくはスパニッシュ調であり、象徴となるアコーディオンやツェンバロ、タンバリンの用い方は本作品において特に重要な役割を担っていた。
それらの原曲のニュアンスを可能な限り反映し、同時に物語世界を大きく損なうことなく、特殊楽器に無理のない範囲での通常編成オーケストラによる再現が可能なスコアとしてまとめられたものが、本作品であるといえる。

全体の構成としては、おおむね『サントラ音楽集』に収録されたトラック順と変わっておらず、映画の時系列にあわせて意図的にまとめられている。本組曲の各楽章副題の並び順と、『サントラ』の収録順を併記してみると以下の通りであり、両者に大きな差異が無いものと理解される。(楽章各副題の日本語表記は、筆者編。本アルバム・ブックレットに倣う)

 交響組曲『魔女の宅急便』
Ⅰ楽章 《晴れた日に…》~《海の見える街》
Ⅱ楽章 《パン屋の手伝い》~《仕事はじめ》
Ⅲ楽章 《身代わりジジ》~《ジェフ》
Ⅳ楽章 《大忙しのキキ》~《パーティに間に合わない》
Ⅴ楽章 《プロペラ自転車》~《とべない!》
Ⅵ楽章 《傷心のキキ》~《神秘なる絵》
Ⅶ楽章 《暴飛行の自由の冒険号》~《おじいさんのデッキブラシ》~《デッキブラシでランデブー》
終楽章 《かあさんのホウキ》
 『魔女の宅急便 サントラ音楽集』収録曲(カッコ内は組曲の対応楽章)
01. 晴れた日に・・・ (Ⅰ)
02. 旅立ち (終)
03. 海の見える街 (Ⅰ)
04. 空とぶ宅急便  (T01の変奏)
05. パン屋の手伝い (Ⅱ)
06. 仕事はじめ (Ⅱ)
07. 身代りジジ (Ⅲ)
08. ジェフ (Ⅲ)
09. 大忙しのキキ (Ⅳ)
10. パーティに間に合わない (Ⅳ)
11. オソノさんのたのみ事 (T01の変奏)
12. プロペラ自転車 (Ⅴ)
13. とべない! (Ⅴ)
14. 傷心のキキ (Ⅵ)
15. ウルスラの小屋へ (T01の変奏)
16. 神秘なる絵 (Ⅵ)
17. 暴飛行の自由の冒険号 (Ⅶ)
18. おじいさんのデッキブラシ (Ⅶ)
19. デッキブラシでランデブー (Ⅶ)
20. ルージュの伝言
21. やさしさに包まれたなら

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音楽だけで映す新たなメインテーマ


大別して7楽章+終曲1楽章で、オリジナル・レパートリーを網羅する構成であることを念頭に置いた“バレエ組曲”のような堅実な構成となっているが、映画作品としての『魔女宅』の時系列をなぞりつつ進行することで、キキの期待と憧れ、不安や挫折、そして成長のストーリーの追体験が聴者にごく自然にもたらされるという一連の交響詩的な組立てになっている。

とりわけ、終曲を飾る《かあさんのホウキ》はこれまでに新日本フィル及びワールドドリームスオーケストラ等の公演でも好んで演奏されてきた曲目であり、第一ヴァイオリンソリスト(コンマス)によって叙情的に奏でられるソロ曲を採用している。

曲単品としてみれば、初出は『イメージアルバム』(1989/徳間ジャパン)の01トラック「かあさんのホウキ」及び最終トラック「木洩れ陽の路地」であり、久石自身も当時からこの曲が本作品群の第一主題であることを想定していたと考えられる。

これは映画本編では本来なら、キキの出立に際して両親との別れの一幕で流れる楽曲(『サントラ音楽集』02トラック「旅立ち」)であるが、組曲においての”エピローグ”として末部に配することによって、親元を離れ都会で暮らすキキの望郷と、いつまでも変わらぬ父母の愛情を回顧させるかのような、物語の通奏低音として流れている“優しさ”と“温もり”を象徴する本作の白眉として位置づけられるだろう。

映画内で最初に使用される「晴れた日に…」、大団円となるエンディング曲「デッキブラシでランデブー」等で繰り返される純朴で長閑なワルツが“キキのテーマ”であるとすれば、ストーリー全体を包括するメインテーマとして今回の終楽章を聴くことが、『魔女宅』音楽作品の新しい楽しみ方とするのが相応しいかもしれない。

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少女達の成長=目には見えない魔法


また、《身代わりジジ》《とべない!》等は、サウンドトラック内でのみ扱われた小品であり、こういった映画本編未使用の楽曲を再編している点も、久石からのファンサービスであるかのような憎らしい演出だ。

特に、《おじいさんのデッキブラシ》は、飛行船事故にトンボが巻き込まれてから、空を飛べなくなっている状態のキキがパニックの町を必死に走り抜けていき、拝借したデッキブラシで魔力を復活させて再び飛びだしていく…というクライマックス・シーンのために作曲されていた。

映画ではこのシーケンスはBGMを一切カットし、無音の時間を長くとることで、不穏な緊張感や焦燥感、言い知れぬ不安をあおる見事な演出になっていた。今回の組曲編成においてうまくこの曲を採り入れたことで、はからずも映画の手に汗握るイメージを聴覚的に描きだし、世界観を音楽のみで再構築する形になったといえるだろう。

ちなみに、同収録の「組曲 “World Dreams”」はこれまでW.D.Oツアーでもメインプログラム演奏されてきた作品群の再編集であり、ジブリ作品だけでない久石のクラシックの世界を堪能するアルバムとして多角的に楽しめる一枚になっている。

ひとり立ちする年代の少女(あるいは少年)へのエールとしての『魔女宅』が、四半世紀を経てなお広く愛され続け受け継がれていくうえで、単なるアニメーション音楽にとどまらない“交響的”作品という形でも触れられることは、彼らを大きく成長させる一つの“魔法”として完成されているのではないだろうか。


(タイトル画像=『Symphonic Suite "Kiki’s Delivery Service"』アルバムジャケット写真より引用)
(記事内画像=スタジオジブリ公式HPより引用。© STUDIO GHIBLI Inc.)

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