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風邪に負けない唐揚げ定食

うーん。どうも、口の中が風邪の味がする。

風邪の症状は人それぞれ、頭痛や寒気といろいろだけど、私はたいてい口の中の違和感で気づく。
飲み込んだ唾液が辛いような苦いような、舌が熱いような寒いような。熱や頭痛や倦怠感より確かなセンサーで、風邪の味がすると感じたら早急な対応が必要だ。放っておくとたちま布団の住人になってしまう。

風邪の引き始めにすべきこと、一に栄養、二に水分、三四がなくて五に休養。

かららっ。いつもより覇気がなく引き戸を開けて、一人、と人差し指を一本立てる。少し早めのお昼ご飯、蕎麦屋の店内は新聞を読み読み盛りそばをたぐるおじいちゃんが一人、病院帰りとおぼしき母子が一組。注文のために声を張り上げると、かすれる喉からケホンと咳が零れ落ちた。腫れ始めた喉をお冷で癒しつつ、徐々に世界に膜が張っていくのを自覚する。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、全てにぼんやりモヤがかり、代わりに脳みそが膨張するような頭痛と倦怠感。ううん。やはりぐんぐん悪化している。

風邪の食事、というとおかゆやうどんが相場だけど、それは風邪の真っ最中か治りかけ。あるいはお腹にくるタイプ向け。これくらいの引き始めなら、なるべくしっかり食べると治りが早い、と経験則で知っている。胃腸の調子と相談だけど。
おすすめは体を温めて汗をかきやすい、例えば汁もの、それか辛いもの。
このたびの風邪、現時点での異常は喉と鼻と口の違和感、倦怠感。
「唐揚げ定食、ごはん少な目で」
いざ、健在な食欲にご活躍願う。

ほどなく運ばれてたきた大きなお盆。A3サイズにところ狭し、ほかほか湯気の立つ出来立てのおかず。
どーん、と堂々主張する鶏のから揚げは、女性の握りこぶしくらいある大ぶりのものが四つ。
たっぷりの千切りキャベツ、みそ汁代わり、というにはおおぶりなうどんのどんぶり。
少な目で、とお願いした白ご飯も気前のいい盛り付け具合。

食べ盛りの学生向けのような大ボリューム、もちろんわかっての注文だけど、圧倒存在感にいささか怖気づく。思ったより胃がやられていてモタれてしまったらどうしよう。食べきれなかったらどうしよう・・・。
いつになく弱気なまま、パチンと箸を割り、小さな声で、いただきます。

かぶっ。ずっしり箸に重たい唐揚げを、まずは何もつけずにそのままで。
カリカリというよりバリバリの硬い小麦粉の衣を歯が破ると、ぶわっと間欠泉のように吹き上がる肉汁。ジューシーなモモの部位を最大限生かした揚げ加減、むちっとした鶏肉の弾力が顎に嬉しい。あつっあふっ、バリバリ、むちんっ、もむもむ。舌の上で転がして、はっはっと湯気を口から逃がす。勢いのまま残りをすべて頬張った。アツ、アツッ、はふはふ、はあっ。鈍った五感に先制パンチ。弱腰でどうする。ゴングは高らかに鳴っている。

しゃきんと目が覚めたように座り直し、きゅっとレモンをひと絞り。ぱああっと華やかな香気が空気に舞って、くっきりとした爽やかさと軽やかさ。鈍った鼻がひくひく動く。しゃくしゃくキャベツで箸休め、さあ二個め。レモンを浴びてもなおガリっとした衣、肉汁をきゅっと引き締める酸味の調和、追いかけて白ご飯をばくり。ガリっむちっとした唐揚げの食べ応え、そこへ連なるもちもちお米の安心感。

うん、美味しい。
ごはんが美味しければ、とりあえず大丈夫。

モヤモヤと散っていた集中力が味覚に集結する。倦怠感はまだ残り、箸の上げ下げも少しおっくうに感じる。でもぼやっとした頭痛はどこか遠くへ行ってしまった。
きゅううっ、唐揚げを送り込んだ胃袋が次を求めて動き出す。食欲の赴くまま、ちゅるるるっ。シコシコつるんのうどんの麺。お蕎麦屋さんにも関わらず、ここはうどんの麺が好きで、普段からしょっちゅう頼む。細めでつるっとした舌触りはすんなり喉を滑り落ちる。
ずずっ。醤油ベースのうどんつゆ。じわりじわりと染みていく。
やっぱり、うどんも外さなくてよかった。白ご飯と唐揚げとうどん、どれか外そうかとも思ったけれど、三位一体の組み合わせ。

ガツン、と唐揚げで喝をもらい、
白ご飯に落ち着いて、
熱いうどんにあたたまる。

はぁ。
いつもより時間をかけて食べ終える。おなかが重たい。そして、ほかほかとあたたかい。
風邪の時特有の、体が空洞になったような心もとなさが薄れていた。さきほどの集中力は霧散して、横になりたい欲求が高まっている。

よし、大丈夫。美味しいごはんをたくさん食べて、風邪と闘う備えはできた。
おなかをひと撫でし、ゆっくり立ち上がった。
ごちそうさまでした。