ウユニ-10

ウユニ塩湖紀行⑨

その日はいつもと様子が違っていた。前日の夜から台風のように強い風が吹き、何十キロもの荷物を入れているテントが今にも吹き飛んでいきそうになっている。風は翌日も弱まる様子がなく、ものすごい速さで雲を運び、あっという間に塩湖全体を厚い真っ黒な雲が覆っていた。はるか彼方に稲妻も走っている。

真っ暗な世界で唯一オレンジ色に光る僕のテントだけが激しく揺れている。バタバタと音を立てるテントの 中で僕は必死に大地にしがみついていた。そんな状況に心臓は今にも飛び出してきてしまうのでないかと思うほど激しく鼓動を打っている。それは恐怖というよりもついに来るのではないのかという期待がそうさせていた。無神論者の僕が本気で心から神様に祈りながら、永遠と思えるほど長い時間の中でひたすらその瞬間を待っていた。

いつの間にか眠ってしまった。夢か現実か判断がつかないぼやけた状態で聞いた小さな音で一気に目が覚めた。

...ポツ

何かがテントに当たる音。

...ポツポツ

頭の上から何かが続けてテントに当たる音。

瞬間、

「雨だ!!」

期待は確信に変わり、反射的に叫んでしまった。その後も僕の言葉にならない歓喜の雄叫びが暗いウユニ塩湖にこだましていた。あとはこの雨が続けばついに待ちに待った瞬間に出会える。
長く孤独な時間を耐え続けていた僕を祝福するようにポツポツと降っていた雨は次第に強まっていった。風もさらに強まり、遠くに聞こえた雷鳴はすぐ近くまで来ている。

冷静になって考えてみると周囲10キロ以内で一番背が高いものは僕が暮らすテントだと気付いた。必然的に雷が最も落ちる可能性が高いのもこのテントだ。心待ちにしていた嵐だったがそう思うと突然、恐怖心が湧いてきた。
唯一テントより高くなる三脚を伸ばし、30mほど離れた場所に立てて避雷針代わりにすることを思いついた。この嵐の中、外での作業はかなり億劫だったが命には変えられない。

意を決して三脚を片手に外に出ると、立っていられないほど風と雨が強く吹いていた。やっとの思いで三脚を立て、固定し、テントに戻ろうとすると元あった場所に何も無くなっている。あれ?と思った瞬間、目をふさぎたくなる光景が見えた。

僕がいたはずのオレンジ色に光るテントがゴロゴロと転がっている…。

一瞬、何が起きているのか理解できなかったが、すぐにカメラ機材が入っていることを思い出した。中に入 っている機材が濡れてしまってはどんなに奇跡が起きようとも何の意味も持たない。嵐の中、必死に走りテ ントを元の場所に戻す。一安心していると、次はしっかりと固定したはずの三脚が倒れている。また、三脚を立てに戻ると、再びテントが転がっている…。

このコントのような光景にはもう笑うしかなかった。つい数時間前まで下を向いて祈っていたのがまるで嘘のように笑いが止まらなかった。僕は全てを諦めてテントに戻り朝を待つことにした。あとはもうウユニ塩湖が決めてくれるだろう。

いつまでたってもテントは激しく揺れ、かなり近くで雷が落ち、地震かと思わせるほど大地を震わせていた。そんな状況にも関わらず、まるでクリスマス・イヴの夜にサンタを待つ子供のようにいつまでもワクワクして眠ることができなかった。

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