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降らない雨を、待つ時間

ある日の夜、私は暗い空に浮かぶ鼠色の雲を眺めていた。

今にも雨が降り出しそうな雲だったけど、風が強くてどんどんと流されてしまう。雨を降らす間もない。

気のせいか、どこからかつぶやくような声が聞こえた。

梅花心易「風天小畜」

故郷の西の空から密雲があらわれる。
でも天上に吹く風に流されて、雨を降らすことができない。

雨は、万物を潤す恵の雨。

太古の人が暗闇の空に流れていく雲を仰ぎ見て、降りそうで降らない雨をもどかしく待つ時に思いを馳せる。

落ち着かず、悶々として、焦燥感に苛まれる。

この大きな空の下で、誰にも理解されていないような、想いが届かないような気持ち。自分の力のなさにうなだれる。


現代に生きる私たちと、あの頃の人々の気持ちがリンクする。

待っても待っても、恵の雨は降らないときがある。
焦る気持ちの中で、辛抱するしかないときがある。
ただできることを繰り返していくしかない時が、今なのかもしれない。


天の気が私に語りかける。
故郷からくる雲は、厳しくも優しい。
内側に強い意志と信念を、外側に従順な柔らかさを失わずにいよう。
できる努力を重ねよう。

今は降らぬ雨雲も、いつかきっと恵の雨を降らす。
今は届かぬ想いも、いつかきっと成就する。


小畜、亨。密雲不雨、自我西郊。

小畜(しょうちく)は亨(とお)る。
密雲雨ふらず、わが西郊よりす。


たったこれだけの言葉で、先人は私たちに語りかける。
空に浮かぶ雲と同じものが私たちの中にもあるから、
すべての答えは自然が映し出してくれる。

私は夜空を見つめながら、こんなに美しい世界に生きていて、本当に必要な物も、本当に必要な関係性も、本当に必要な言葉も、ほんの少ししかないことを感じていた。

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しばらくすると、ぼんやり眺めていた夜空に雲が立ち込めた。
頬に冷たいものがあたりはじめる。

あぁ、雨だ。
雨が、降り出したね。


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