見出し画像

文学的猥談

 文学部には変わった人間が多いと言うが彼らほど変わった人間は滅多にいないであろう。彼らは今どき珍しいぐらい文学にかぶれていて、文学が世界の全てだと本気で思っている節さえあった。彼らにとっては文学以外の現実の諸々など全て無価値なものであった。彼らは竹林の七賢のごとくいつも大学の図書館の個室で文学ついてあらゆる事を議論していた。彼らは日毎にテーマを決めて議論していたが、今日のテーマは恋愛であった。

「恋愛について語るなんて俺にはできないよ。もし俺が恋なんてしたら若きウェルテルみたいに自殺してしまうかも知れない。なぜなら俺の恋が成就するなんてあり得ないからだ。みんなも俺が醜い男だってのはわかるだろ?」

「ふん、哀れなる童貞ぶりだ。貴様は宮沢賢治にでもなったつもりか?そんな自己憐憫に浸るとはなんて愚かな人間なのだ。貴様はウェルテルを自己同一化するばかりでロッテという他者を見ようともしないではないか。文学とは他者との関わりによって生ずるもの。それすらわからぬ貴様がよく文学など語る事ができたものだな。俺は貴様と違って異性という他者と接触しているのだ。つまりは恋愛をしているのだよ」

 他の竹林の七賢たちは興味深く男を眺めた。やたら自信のある態度である。この男はどういう恋愛をして来たのだろうか。しかしその時男が喋り出したので竹林の七賢たちは一斉に男に注目した。男は彼らの反応を見てニヤリと笑った。こいつらも同じように童貞なのか。ならば話してやろう俺の恋愛物語を。

「俺が体験したのは夢のような純愛だ。まだ島にいた頃俺は村長の娘に恋をした。だが村長の娘は身持ちが固くなかなか俺を寄せ付けなかった。だけどあの嵐の夜だ。俺たちは遭難してとある廃屋で一夜を共に過ごしたんだ。そこで俺たちは服を乾かすために脱いでそのまま裸で焚き火に当たったんだ。クロエは俺を見て挑発するようにこういったんだ。私が欲しかったらこの燃え盛る焚き火を飛んでこいって。俺はクロエのいうがままに焚き火を飛んで彼女を抱いたんだ。だけどセックスはしなかったんだ、やはりそういう事は結婚して世間に祝福されてからするものだと思うからな」

 この話を聞いて他の竹林の七賢たちはバカバカしいと舌打ちした。なに貴様もウェルテルと同じように童貞なのかと嫌味を言った。クロエの男は他の七賢の嘲笑に激怒してじゃあ貴様たちは女性とセックスしているのかと問いただした。すると七賢の中から一人の男が自分はあると言って喋り出した。

「あれは俺がまだ若く愚かであった頃の話だ。俺は後の独裁者と同じ不穏な名前の若者だったがそんな俺をエレノールという心優しい人妻が優しくしてくれたんだ。俺たちは当然のように激しい恋に落ちた。だが幸福とはいつまでも続かぬもの。俺の優柔不断ぶりはあの人を苦しめて病に至らしめてしまった。多分エレノールは俺を恨んだだろうな。彼女が死んだ後俺は全てに対して無気力になった。悔恨が俺を今でも苛み続けている」

 他の七賢はエレノール男の話を興味深く聞いたが、しかし彼より深く女を知っている賢人はエレノール男を嘲笑い、女なんてそんなに真面目に愛するものじゃない、軽く遊んで捨てればいいものだと言い放った。エレノール男は激怒してじゃあお前はどんな恋愛をしてきたんだと賢人に詰め寄ったが、賢人はニヤリと笑って話し始めた。

「俺は田舎の金持ちで時折度々旅行していたのだ。そんな時俺はとある田舎の町で医者の妻にであった。その女はマダムボヴァリーとかいう名前でな。俺はいかにも田舎の人妻って感じの彼女を気に入って早速口説いたのだ。彼女はあっさりと俺の誘いに乗ったよ。ああ!今でも思い出すよ。森での熱い情事。彼女はすっかり俺に夢中になって夜中に馬で俺の屋敷に忍び込んできたんだ。全く呆れるほどバカな女だったよ」

「それってエマのことじゃないですか?あなた彼女を弄んだのですね!僕の愛しのエマ!思い出した!彼女は一時期おかしかった。それはあなたが彼女を誘惑したせいなんだ!なんてことだ!エマを弄んだ人間が同じ文学部にいたなんて!今すぐ出て行け!貴様のような不誠実な人間と共に文学を学ぶなんて出来ない!」

 マダムボヴァリーを巡って賢人二人が立ち上がって殴り合いを始めようとしたが、しかし最後の七賢の二人は共に哄笑して争う賢人を諌めた。

「バカバカしい!全く貴様たちはそんなお遊戯みたいな体験しかしていないのか。俺たちはもうそんなレベルなど簡単に超えてしまったのだ。恋愛だなんだと言ったところで人間は所詮快楽のみに生きるものだ。俺たちはその快楽を完全に極め尽くした。まず俺の話を聞きたいかい?」

 他の七賢たちは唾をごくりと飲んで頷いた。

「俺はワンダという女性に会った。俺は彼女にあった時これぞ宿命の女だと確信したのだ。俺は超官能主義者だと告白して俺を彼女の奴隷にする契約を結んだのだ。俺は毎日全身をアザだらけしながらいぢめられる喜びに悶え狂った。俺は何度も彼女に言ったよ。いぢめて、もっといぢめてとね。だが彼女は他の男ができるとあっさりと俺の元から去っていった。俺は当然他の女とも奴隷の契約を実行したがワンダほどうまく俺をいぢめてくれた女はいない。今でも彼女にいぢめられる場面を思い浮かべて悶えるのだ」

 このワンダ男の背徳満載のエピソードに他の七賢は驚き激しくワンダ男を凝視した。一体このメガネをかけた痩せぎすの男にどれだけの官能が秘められているのか。七賢たちは恐れ慄いた。しかしである。最後の賢人はそのワンダ男さえも嘲笑した。

「貴様は確かに他の嘴の青いヒョっ子に比べたらまだマシだが俺には到底及ばぬな。確かに貴様は他の連中に比べたら遥かに人間の本質を掴んでいる。人間の本質が快楽にあるというのも貴様のいう通りだ。だが貴様の快楽には主体性が欠けているのだよ。貴様は快楽を女性から快楽を与えられていたが、では女性が快楽を与えてくれなかったらどうするつもりなのだ。貴様は自慰行為で代用しようというのか。全く哀れとしか言いようがない。俺にとって快楽や女は奪うものだ。略奪するものなのだ。今から俺の体験した話をしよう。貴様たちひよっ子にとってはかなりおぞましく思える話だと思う。だから嫌だと言うなら今すぐここから去るがいい。だが、貴様たちはそれによって人間の本質を知る機会を永遠にのがすことになるがな」

 もちろん七賢たちはその場を去らなかった。皆がこの最後の七賢の話を今か今かと待ちわびていた。男は七賢の覚悟を決めた顔を見てニヤリと微笑むと静かに語り始めた。

「俺がソドムの館で背徳の百二十日間を過ごしたのはかなり昔のことだ。当時の俺は貴様たちと対して変わらぬひよっこであった。だが俺はソドムの館で過ごしてたった一日で人間のすべてを理解したのだ。俺たち四人は少年少女を捕まえてあらゆる残虐行為をした。まず俺たちは少女の処女を破り……」

「ああ!おぞましい!」とここまでソドムの男が言ったところで他の七賢たちは悲鳴をあげた。

「そして彼女たちに糞を食わせた……」

「なんて事を!」

「仲間が残虐行為に走るのを見て俺はもう歯止めが効かなくなった。俺は少女をバラバラにされた少年の四肢の上で犯した。一人だけじゃない。二人、三人、四人、性欲の続く限り何人でも犯しまくったのだ。俺の降り注ぐのは血の雨だった。その新鮮な血の雨を浴びて俺はますます興奮して猛り狂う情欲のままに珍坊で少女の処女膜を次々と引き裂いたのだ!」

 この言葉に尽くせぬほどの残虐の嵐に七賢たちは恐れおののいた。

「まさかデブでブサイクの極みにある貴様がそんなに悪魔じみた人間だとは思わなかった!確かに折れのワンダとの奴隷契約などたわいもないものだ。今から貴様を背徳の侯爵と呼ぼう!」

「確かに貴様のその残虐なまでの快楽の追求ぶりに比べたら俺の人妻との情事なんて児戯に類するものだ」

「俺は今悪夢でも見ているのか?おかしいのだ。今まで俺の信じていた清らかなものがすべて崩れ去って行くのだ。ああクロエよお前はどこに行くのだ!」

「ああ!知りたくもないことを知ってしまった。僕はもう自殺するしかない!」

「俺は間違っていたのだ!エレノールを死なす前に貴様のように糞でも食わせて於けばよかったのだ!」

「僕もエマにうんこを食わせて上げるべきだったのだ。そうしたら彼女は自殺せずに僕の奴隷になっていたのに!」

 最後の賢人は最後に立ち上がって叫んだ。

「貴様たちも我が背徳の館に来るがいい!そして快楽を存分に味わい尽くすのだ!ああ!背徳が俺たちを待っている!血の雨が降り注ぐあの屋敷には白き肌の処女が揃っているのだ!さあ行かん!我が屋敷へ!」


 その時突然個室のドアが開いた。七賢たちは熱狂さまやらぬ目でドアの方を向いたが、そこには女子たちが無表情で立っていた。彼女たちの一人は軽くため息をついて言った。

「あのさ、童貞臭い話ならよそでやってくんない?あんた達さ、いい加減うざいんだよね。いつもいつも大声で分けの分からない話してさ。みんなが迷惑してるってことわかってんの?早くこっから出て行ってよ。早く!」

 竹林の七賢はこのリアルの女子の一喝にビビってすごすごと図書館から逃げていった。



 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?