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判子の幽霊

 判子の幽霊が出たという噂が街に流れた。噂では道を歩いていると後ろから判子が現れて背中に『佐藤』とでっかく捺印を押していくという話しだった。しばらくするとそれが噂ではなく事実である事がわかった。そしてそれがあまりにも度々起こるので町内会の人々は事件を解決しようと立ち上がり、とりあえずは判子を押された人を一人一人事情聴取を始めたのだった。
「君中学か高校のとき佐藤って名字の子をいぢめてなかったかい?」
 そう聞かれた被害者の一人は顔を俯かせ正直に過去のいぢめを告白した。彼は泣きながらこう言った。
「確かに佐藤のやつをいぢめてたよ。ウィンナーを女の子の前でしゃぶらせたり、牛乳を顔をぶっかけて顔射だって言ってアイツをからかってたんだ。だけどしばらくしてアイツは学校に来なくなって……。まさか!アイツは自殺を!」
 だろうなとその場にいた連中は思った。だから責めて佐藤の仏壇に線香でもあげれば判子の幽霊も消えるはずと被害者に案内されて佐藤の家に向かったのだった。家の前まで着くと被害者は「まだご両親は健在なのかな。俺謝らなくちゃ」と呟いた。町内会のみんなはそんな彼に「ああ、謝るには遅すぎたけど誠意を込めて謝罪すれば佐藤君の親御さんだって絶対に許してくれるさ」と言って励ましてやった。被害者は勇気を出してインターホンを鳴らした。すると中から異様にドスの聞いた声が聞こえたのだった。
「ああん!佐藤君のご家族だぁ!オメエ誰だコラ!ここどこだと思ってるんだ!新宿極悪連合の佐藤勇気さんの家だぞ!あっ、思い出した!その声、高校の時に俺をさんざんいぢめてくれた八巻だな!ちょっと待っとれ!今すぐ殺してやる!」
 思わぬ事態に佐藤のうちの玄関前にいた全員が唖然としていると突然家の玄関が開き、上半身が刺青だらけでそこかしこに注射をぶら下げた男が現れるなり判子の被害者の八巻をボッコボコにし始めたのだった。そしてこれで済むと思うなよと言い、すでに気を失っている八巻を家の中に引きずっていったのである。
 町内会のみんなはその一部始終を見て言った。
「どうやらここの佐藤じゃないらしいな」

 それから被害者から聞いた佐藤の消息を隈なく調査したが、心当たりのある佐藤はみんな生きており、変わった事といえば砂糖好きの佐藤さんだけがつい最近逮捕されて会えなかった事ぐらいだ。町内会の一人は捜査範囲内を広げようじゃないかと提案したが、そんなことやってたら結局日本中の佐藤さんを調査しなきゃいけなくなる、それにこの佐藤の判子の幽霊がどうして街の人々に判子を押していくのかその動機さえわからないじゃないか。もしかしたら鈴木さんに負けないように佐藤の判子の幽霊が佐藤の名字をアピールしてるだけかもしれない。それだったら鈴木さんの判子の幽霊だって黙ってないぞ!彼らは一晩中議論し合い、やがて自分達があまりにも不毛な議論をしている事に気付いて、そして議論をやめて寝る事にした。

 不思議な事に判子の幽霊はそれ以降街を徘徊することはなかった。


 

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