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曽根崎心中裁判

 人は死んだ後、輪廻転生しまた新たに生まれ変わるというのはよく言われる話だ。だが輪廻転生するのは人だけではない。人の思いもまた輪廻転生し新たに生まれ変わる。とある裁判所の法廷の被告席と原告席には輪廻転生で現代に蘇ってしまった二人が立っていた。あの曽根崎で心中した男女の生まれ変わりである。裁判所の掲示文にはストーカー裁判と書かれている。原告席の女は涙ながらに被告席の男に向かって訴えていた。

「いい加減もう私に付き纏うのはやめて!あなたはそうやって江戸の頃から三百年以上も私につきまとっていた。明治、大正、昭和、平成、そして私たちが今生きているこの令和の世界に至るまでずっと!ねぇ、お願い!いい加減私から離れて!あなたもわかっているでしょ?私たちは出会ったら即心中してしまう二人なのよ!これ以上悲劇を繰り返さないためにはあなたが大人しく罪を認めるしかないのよ!」

 男は女の訴えを涙を溜めて聞いていた。聞いている間男はずっと体を震わせていた。

「ふっ、うまいことを考えたものだな。国家権力の力で僕らを引き離すとはな。だが、国家権力なんかで人間の感情を抑制することなどできるはずがない。思い出すんだ。江戸時代に曽根崎で心中した時に自分の言った事を!」

「やめて!それ以上喋らないで!裁判長さん、被告は嘘を述べて裁判員の同情を買おうとしています!今すぐやめさせてください!」

「嘘を述べているのはどっちだ!君は『あの時世のしきたりなんかにあたいたちな止められない』って言ったんだ!明治でも、大正でも、昭和でも、そして平成でも君は同じ事を言ったじゃないか!」

「ああ!やめて!あなたは私がその悲劇の繰り返しを止めようとしているのがわからないの?いつまでも過去の呪いに縛られて心中以外の未来を見ることも出来ない。あなたはそんな未来が満足なの?次の時代も心中するために生まれるつもりなの?私は救いたいのよ!あなたを、私を!過去から解き放ちたいのよ!」

 女は号泣しながら男に訴えた。もはやこの法廷はこの男女二人の世界になっていた。男は女の言葉に耐えきれず声を上げて泣き始めた。

「わかったでしょ?だからあなたは大人しくストーカーの罪を認めて網走で一生を過ごして。ごめんなさいね。これは私たちが未来を生きるためにしなければならない事なのよ」

 男は女の言葉を聞くなり激しく台を叩いて叫んだ。

「じゃあ君は僕を網走に追いやってその未来ってやつを孤独に過ごすのか。あるいは他の男との不毛な歳月をさも幸福であるように取り繕って偽りの人生を歩んで行くのか。そんな未来に何の価値があるんだ!」

 この男の言葉を聞いて女は激しく泣き出した。彼女は号泣して男の元に歩み寄った。

「ああ!あなたどうしてそんなこと言うの?せっかく未来のためにあなたを捨てようとしたのに。これじゃまた輪廻の中に戻ってしまうじゃない!」

 男は自分の前で泣きじゃくる女の手を取ると決然とした表情で言った。

「もう正直になれよ。僕らはこの輪廻から逃れることはできないんだ。これこそが僕らが幸福になる道なんだ。そんなに無理をして僕らを引き離してもその後に待っているのは果てしなき絶望と孤独だ。死ぬまで二人で居続ける。それが僕らの運命であり宿命なんだ。さぁ、行こう。二人で三途の川ん渡ろう。今から近くの川に飛び込んで心中しよう!」

「あなたの言う通りよ。私間違ってた。裁判官の皆さん、検事の皆さん、弁護士の皆さん、裁判員の皆さんごめんなさい。私訴えを取り下げます。この人は無実です!あなた行きましょ。さあ、私の手を取って!心中の旅に私を連れて行って!」

 そういうと二人は手を取り合って法廷のライトを光を浴びながら駆けてその場を去った。法廷にいたものたちはしばらくつい今しがたまで争っていた二人のありえなすぎる行動に一同呆然としていたが、やっとそのうちの一人が我に返ってこう叫んだ。

「おい、今すぐアイツらを追いかけるんだ!このまま放っておいたらあの二人心中しちゃうぞ!」


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