妊娠…予感

　秋深し。風が涼しくなってきた｡

　今日は少し体の調子がおかしい。具合が悪いとかそういう事じゃないの。そんなのいつもの事だから。そうじゃなくて体が浮いてる感じ。なんか微妙に熱い！ああ！もしかして来るの！ベイビーが外に出たがってるの？ ああ！最高だわ！毛だらけで全身真っ黒なダーリンのベイビー産めるなんて！もうすぐ､もうすぐよ！……だけど……ベイビーを産んだら私は親カマキリみたいに死んでしまう！

　ダーリンは昨日からお出かけ中。記憶喪失とはいえ、目の前に死にかけの病人がいるっていうのに呑気なものね。いい？あなたのベイビーは私のお腹の中にはあなたのベイビーがいるのよ。私がいなくなったらベイビーはあなたが育てなくちゃいけないんだからいい加減遊び惚けてないでちゃんとした大人の自覚を持ってね。ウキーッ！ってベイビーを放り出したら、私天国から帰ってきて叱りつけてやるんだから！

　ポンコツババアは隣でさっきからずっと電話してる。ああ！人の家の電話勝手に使って！電話代バカになんないのよ！ああ！コイツはもう年収5000万以下、しかも病で衰え果てた貧乏人から毟るだけ毟り取るんだわ！人のワインで晩酌なんかして何が仕事の後の一杯はうまいよ！ろくに仕事もしてないくせに！電話でポンコツババアがこう喋っていた。

「えっ？なに、あなたたち、また会社のお金を使い込んだの？二人してなにしてるのよ！今どこにいるのよ！お金と銀行手帳と印鑑を持ってホテルまで来てくれ？で、ホテルの名前と場所は？…シルバーホームね。今すぐ行くわ！」

　また特殊詐欺なの？アンタも懲りないわね。だけどシルバーホームってホテル、なんか老人ホームみたいな名前ね。……ああ！今更だけどこんなポンコツババアにベイビーの出産を任しちゃって大丈夫なの？でもあんなポンコツでも伝説の産婆と言われていた人だし、とにかく信じるしかないわ！

　外はどうやら風が強いみたい､木の葉がちらほら飛んでいる。あのダーリンを串刺しにした公園の木も今はすっかり葉が抜け落ちているでしょう。春に新しい葉を産むために。私は最後まで生きます。ちゃんとダーリンのベイビーを産んでからあの世に旅立ちます｡

　だけど……だけど一つだけ、一つだけ！心残りがあります。…やっぱり私女ですもの……女は死ぬまで女。だからあの時みたいに……。