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エヴリシング・マスト・ゴー

 終わりってやつはいつも呆気ない。この間病院で死んだアイツだって寝ていたらいつの間にか死んでいた。さて俺たちの夢のお店も今呆気なく終わろうとしている。俺たちといっても今は俺しかいないんだけど。

 ワインはまるで血の色なんてグラスをかざしていた君。このワインに囲まれて暮らすなんて最高じゃない?なんて言ってた君。今はどこにいるのかね。この間店を閉めることにしたって手紙送ったけどちゃんと届いているのかな。まぁ、多分届いていたとしても君は封さえ切らずにゴミ箱に捨ててしまっているだろうか。

 君が出て行ったのは一年前のある日。私あなたとはもうやっていけないなんて言って出て行った。華やかな夢を見ていた君。夢は現実を前にして脆くも崩れ去ってしまった。こんなことになるなんて思わなかった。やっぱり夢は夢であるべきだった。そう言って君はワインを捨てて男と逃げた。

 俺はそれから一人でずっと店の切り盛りしていたんだ。従業員は全員辞めてもらった。辞める時従業員はみんなワイン瓶を手にしながら名残惜しそうにしていたっけ。

 おわりはいつも呆気ない。店を閉めると決めても涙さえ出なかった。このまま店を閉めたら俺の人生も閉店するだろう。二十台から世界を飛び回って集めた第一級のワイン。なのにワイン屋で売っても全然売れなかった。その間ワインは熟成されて今じゃマリリン・モンローのように豊満に熟れている。俺は彼女たちを見ながら考える。赤い肌をした女。白い肌をした女。全く俺には水商売の才能なんてこれっぽっちもなかったんだな。彼女たちを売ることさえ出来なかったんだから。

 だけどそんな事はもうどうでもいいさ。終わりはいつも呆気ないなんて愚痴ってないで最後の最後に花火を咲かせてやろうじゃないか。

 俺はそう決めて閉店日は貸切で今まで俺の人生と関わりのあった人間を呼んで店のワインをただで振る舞う事にした。二度目の手紙を書くことになった元妻。大学時代の同窓。元いた会社の同僚。友達。かつての従業員。閉店日は彼らを全員招待することにした。全員でワイン屋と俺の人生の終焉を祝おう。終わりを彩るために。最高のラストを飾るために。

 だが当日とんでもないことが起こった。招待した奴は全員きた。あの元妻さえきた。だが彼らは全員目が異様に血走っていた。何故か全員俺にこう聞いたんだ。「ワインって一回も開けてないよな。外国で買い付けた時のままだよな」彼らは俺がまだ準備が終わってねえから店に入るなと言うのも聞かずいきなりドアを叩き割ってワイン室になだれ込んだ。

「ああ!あったわ!これ超一流のワインじゃない!あなた今日は全員無料なんでしょ?馬鹿!これは私のよ!私が買い付けたんだから触るんじゃないわよ!」「うるせいババア!なんで離婚したお前がここにいるんだ!ワインをもらう資格があるのは俺たちだ!」「そんなこたあどうでもいいんだよ。それより早くメルカリで売ろうぜ!この店にあるワインプレミアつきまくっているからな!」

 彼らは口々にそう言ってワインは自分の物だと醜い争いを始めた。俺はピックを突き立てて彼らを遠ざけるとワイン瓶を一つずつ破壊して回った。


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