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危険な夏

 狂気といえば狂気だった。僕はたしかにおかしかったのかもしれない。すべては太陽のせいさとムルソーみたいな事を言ってもしょうがなく、またすべては夏の幻さと古臭い歌謡曲みたいな事を言っても後の祭りだ。血みどろの祭りの後の沈黙に包まれた部屋に風鈴の音が異様に澄み切った音で鳴り響く。僕は立ち上がって死骸の後始末を始めた。ずっとまとわりついてたこの女をようやく殺せたのだ。彼女の腹は潰れて二度と動かない。僕は女が死んだことに事に歓喜すら覚えた。これでしばらくは寝苦しさから解放されるのだ。しかしそのうちに別の女がやってくるだろう。そうしたらまた殺してやるさ。そして死体を積み上げてやるさ。僕は彼女に最後の別れを告げるために手を開いた。そこにはさっきまで僕にあれほどブーンブーン付き纏っていた彼女の面影はどこにもなかった。今僕の手に張り付いているのは紙みたいにペラペラになった彼女の亡骸だ。僕はゴミ箱に落ちてゆく彼女に向かって別れを告げた。

「今度生まれ変わったら二度と俺のところに来るなよ」

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