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内弁慶

「このクソアマが!俺様に逆らったらどうなるかわかってるのか?ぶん殴ってやる!いたずらしてやる!」

 今、男はひたすら女を殴っていた。手からは血が滲んでいる。しかし男は血を拭こうともせずに女を殴り続けていた。しかしここで誤解しないで欲しいのは男が殴っているのは実在する女ではなくフィクションの女なのである。彼は仕事中同僚の女に無茶苦茶いぢめられた。彼は悔しくて悔しくて家に帰るとすぐにその同僚をモデルに小説を書き始めた。恥ずかしい事をさせてやるざまあ味噌漬け!と彼は女を小説の中で思いっきりぶん殴った。しかしここでまた誤解しないで欲しいのは実は彼はフィクションの女を殴っておらず殴るふりをしていただけなのである。同僚は怒らずと本当に怖いのでフィクションでも殴ったりいぢめたりは出来なかった。だから彼は妥協案としてフィクションの中で女の名前を呼びながら蚊を潰していたのだ。今、彼が女の名を呼びながらフィクションの蚊を殴っている。その声はか細くて彼が普段同僚の女性からどういう扱いを受けているか容易に想像できる。彼は外の世界ではまったく弱く、彼が内弁慶になれるのはフィクションで蚊を殴る時だけである。先の女性の同僚は彼に会うといつもこう文句を言う。

「あなた蚊取り線香ぐらい買ったらどうなの?いつも身体中掻いてるじゃない!汚いからやめて!」

「いや、そんな事出来ないよ。だって蚊怖いし……」


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