見出し画像

フリードリヒ・ヨーゼフ警視の冒険

 フリードリッヒ・ヨーゼフ警視はおもむろに立ち上がると、机の上の新聞を持ちそれを広げてある記事を声に出して読み上げた。その記事はイギリスの名探偵シャーロック・ホームズが難事件を解決したという事が書かれている。ヨーゼフ警視は記事を読み終えると、そのドイツ人らしい深い額のシワをさらに深くしながら今読み上げた記事の批判を始めた。
「全くイギリス人というものはどこまでも形而下学的にできているものだな。シャーロックはそのどこまでも形而下学的な推理で一人の善悪論的に罪なき人間を断頭台に追いやってしまったのだ。ああ!哀れなるはシャーロックに弁証法的にに罪を着せられた加害者だ。彼は確かに殺しはしたがそれは善悪論的には何の罪もない人間なのだ。彼を凶行に走らせたのは運命論的な不幸である。このような下劣な推理によって善悪論的に罪なき人間を断頭台へ送ることなどあってはならない。我々ドイツ帝国警察はドイツ精神に則り形而上学的な見地から捜査を行わねばならない!」
 ヨーゼフ警視の形而上学的な視点からのシャーロック・ホームズ批判を聞いた刑事たちは目を見開かれる思いだった。事件は表層にあるのではなく善悪論的な運命論的な形而上学的な内面から起こるのだと言うことを改めて認識し、さすがビスマルク閣下の友人であり、ドイツ帝国警察にヨーゼフありと言われるだけのことはあると刑事たちはヨーゼフ警視を改めて尊敬の眼差しで見つめたのであった。
 その時だった。警官が慌てて駆け込んできてドアを開けて殺人事件が起こったことを報告してきた。被害者は大富豪一家のデブの引きこもりの息子であり、背中に出刃包丁で刺されて殺されたとのことだった。報告を聞き終わったヨーゼフ警視一行は素早く準備を整えると馬車に乗り現場へと向かった。

 事件の現場には被害者のデブの引きこもりの息子フランツの遺体があり、その周りを囲んで大富豪キルシュタイン氏を始めとした家族が立っていた。検査医が遺体の検死を始め、刑事たちは家族たちに取り調べを始めようとした。しかしその時フリードリッヒ・ヨーゼフ警視が「取り調べなどやめよ」と発言したのであった。刑事たちはゴクリとつばを飲んだ。さすがはヨーゼフ警視もう犯人の目星がついたのか。皆が注目する中、ヨーゼフ警視は例のドイツ人らしい額の深いシワをさらに深くしながらゆっくりと口を開いた。
「この事件は存在論的に非常に難事件となるだろう。被害者はいわば運命論的に神に魂を取り上げられたと言ってよい。善悪論的に言えば役に立たぬ被害者をこの世から消したところで罪には問えない。しかしそれは法の哲学の論理に真っ向から反対する論理なのだ。非常に難事件だ。今私の中で善悪論+存在論と方の哲学がどちらがこの事件の解明の主導権を握るかを争っているのだ。難解だよ!非常に難事件だ!おそらくこの事件を思考して論理を積み上げるまでには私を持ってしても一年の時を要するだろう。それまで今しばらく待っててくれ給え!」
 ヨーゼフ警視のシャーロックなどとは違う形而上学的な推理にその場にいた人間はすっかり魅了されてしまった。さすが我らがドイツを代表する名推理家、シャーロックやデュパンなどとは比較にさえならないと感服し、ドイツ警察庁に戻るために馬車に乗り込むヨーゼフ警視を畏敬の眼差しで見送った。

《完》


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?