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遺産相続

 父親が郊外の安アパートで孤独死したと連絡を受けた三兄弟は揃ってアパートへと駆けつけた。三兄弟が父親と顔を合わせるのは小学校時代以来のことだった。
 当時の父親は株やらなんやらで金を稼いで妻の母をなおざりにして多くの愛人達と遊び回っていたものだ。そんな父に呆れ果てた母は三兄弟を連れて家を出た。そのあとに父と母は離婚協議に入り、母は父に三兄弟が住むには十分のスペースがあるマンションと三人の息子と自分が何不自由なく暮らしていけるだけの毎月の慰謝料を約束させた。しかし父は慰謝料を全く払わず、母が再三父に訴えても無駄であった。母はショック出たそれからすぐに病で亡くなった。残された三兄弟はすぐにマンションから叩き出され、それから母方の親戚中をたらい回しにされてきた。当然三兄弟は母を死に追いやり自分達を捨てた父を激しく憎んだ。いつかあったら殺してやると思いながら生きてきた。
 そんな父が今彼らの前で冷たくなっている。父は頬が削げ落ちた顔で口を広げて目をむき出しにした顔を見せて床に横になっていた。辺りには微かな腐臭が漂っている。管理人の話だと父は昨日の夜半に死亡したらしく梅雨の時期の蒸し暑さのせいで腐りかけているそうだ。とにかく早くここから父を移動せねばなるまい。そしてさっさと骨にでもしたらいいだろう。葬儀なんぞする必要はあるまい。この男が母や自分達にした事は死んだところで決して消えはしない。しかし見事なまでに落ちぶれたものだ。あの札束で母や自分達を殴っていたこの男がこんなボロアパートで朽ち果てるとは。
 三兄弟の前で部屋の荷物整理をしていた男達が彼らに父親の遺品の中でいるものはないかと尋ねた。三兄弟は顔を見合わせてそれぞれ不快そうな表情をした。自分達を捨てていった男のものなんか誰が欲しがるだろう。それが宝くじの当選券だったらともかく、こんな安アパートで死んだ人間の持ち物の不愉快な気分にさせるものなど誰が欲しがるものか。自分達は苦学して大学を卒業して今では立派な社会人になっているのだ。こんな安アパートで朽ち果てた男の遺品なんか今日の晩飯の足しにもなりはしない。三兄弟はそんなものはいらないと口に出そうとした瞬間だった。彼らは遺品整理の人間が持っていた中にあるものを見つけたのだ。それを見た瞬間三兄弟はいきなり目の色を変えた。父が何故こんなものを持っているのか。彼らは遺品整理の人間に向かって父の遺品を自分達に渡すように言った。三兄弟は父の遺品を穴が空くほど見つめた。そして互いを見つめ相手の反応を伺った。三兄弟の末っ子が通帳を開きそこに入出金の額を見てあっと声を上げた。それを傍から見た次男はこう呟いた。「オヤジのやつ最後にこんなバカな事を……」そして長男は深く何度も頷いて弟達に言った。
「やっぱり俺たち親子だったんだな。どんなに憎しみあっても血の繋がりは否定できないんだな……」
 三兄弟に向かって遺品整理の人間が涙ながらにこう言った。
「故人はこれを抱きしめながら亡くなったんですよ。よっぽど大事なものだったんでしょうね」
 長男も涙を流して遺品整理の人間に向かって言った。
「そうなんですか父はこんなにもこれを大事に!これは私が大事に預かりますよ!」
「おい兄貴!いきなり何言い出すんだ!お前あのクソオヤジが死んだのは天罰だとか言ってだじゃねえか!なのにオヤジがグラビアアイドルのヘアヌードの生写真持ってたからっていきなり態度変えるんじゃねえ!これは俺のだ!俺は実はオヤジ好きだったし!」
「兄貴達醜い争いはやめろ!今更オヤジ大好きだったアピールなんかしてお前らどうせオヤジかヤフオクで落札したグラビアアイドルの生写真売りたいだけだろ!オヤジが全財産はたいて落札した時から価値が百倍近く跳ね上がってるもんな!俺はグラビアアイドルの生写真を売る事なんてしない。ただ生前のオヤジのようにひたすら愛でるだけだ。お前らみたいな奴らにオヤジの大事な遺品は預けられない。という訳で俺が預かる!」
「ぶさけんなこのクソが!」

 それから三兄弟は父の遺体を挟んで大喧嘩を始めた。誰も止められないほどの大喧嘩で喧嘩の最中に三兄弟は父親の遺体を蹴ったり持ち上げてぶん投げたりした。そして喧嘩は遺産相続をめぐる三兄弟同士の争いへと発展した。三兄弟は裁判で自分こそ父の財産を受け継ぐ権利があると主張した。裁判は今もなお継続中である。


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