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スーパースター


ライブ

 ライブツアーの醍醐味はやはりオーディエンスの反応を直に見ることに尽きるだろう。バンドにとってこれは何者にも変えがたい快感であり、ちょっとした恐怖でもある。それはロックアーティストにとってレコーディングは勿論、テレビや雑誌のお追徴では体験できないものだ。だからもはや老人となり現役を引退してもおかしくないバンドたちでさえもライブツアーに勤しむのだろう。ライブというのは記録メディアのように再現は絶対に不可能だ。極端な例を書けばバンドによっては前夜に最高のライブを演ったが、今日はまるでダメだったということだって頻繁にある。客の立場で考えると、例えばあなたがとあるバンドの曲をYouTubeなどで聴いて気に入ってライブに来たものの、そのライブがあなたの期待を遥かに下回る出来だったとしたら、あなたはそのバンドの曲を聴き続けられるだろうか。ライブとはそういうものである。だからロックバンドはオーディエンスを裏切らぬようにひたすら自らのスキルを高めながらステージに立っているのだ。

 我らがRain dropsもそんな思いをこめて2年ぶりの全国ツアーで地方を廻っていた。彼らは今回のツアーに賭ける思いは強烈なものがあり、もしこのツアーが失敗に終わればバンドは解散する覚悟であった。
 あの伝説のシングル『少年だった』とその曲が収録されているアルバム『少年B』の大ヒットでバンドは一躍トップバンドとなり、ドーム公演を数分でソールドアウトさせるまでになり、テレビや雑誌で10年世代の救世主と崇められついたが、それがバンドにとってプレッシャーとなり、ボーカル&ギターの照山の頭を狙い撃ちにして苦しめた。それから彼らは頭を狙い撃ちにされた照山の心情が反映された曲を立て続けにリリースし、そのあまりに暗い曲に耐えきれなかったファンはバンドの下から去ってしまった。そうしてバンドは長い低迷期を迎えたが、しばらくの沈黙の後、シングル『裸』を出し雑誌でこの曲でRain dropsは新しく生まれ変わったと好意的に評価された。
 今回のツアーはその『裸』が収録されているアルバム『NAKED SONG』の宣伝ツアーである。このツアーの結果次第ではバンドは終わるかもしれない。これからはオーディエンスの時代なんだと昔のロックバンドの有名な発言があるが、バンドの将来はオーディエンスの裁可によって下されるのだ。メンバー達はそんな不安を抱えたまま、しかし自分達は今やる事をやるだけだと一致団結して、Rain dropsは持てる限りの全ての力を出してツアーを敢行したのだった。
 そうしてツアーでライブを演っているうちにRain dropsの熱いステージは評判となり、かなり売れ残っていたチケットもいつの間にか全会場SOLD OUTになっていた。そして彼らはど田舎の文化会館でこのツアー最高のライブを演った。照山の少年そのままのハイトーンボイスはオーディエンス心を貫き、ギターはカミソリの如くオーディエンスのためらいを引き裂いた。ど田舎の文化会館はまるでフジロックやサマフェスのような狂乱状態となり、オーディエンスは照山君照山君と叫び続け、バンドもその叫びに煽られるように自らの全てを迸らせた。会場の全てが最高潮となり高まりきった所でライブは大歓声と共に終了したのであった。

グルーピー登場!

 ライブが終わっても興奮冷めやらぬファンは会場の文化会館の前でさっきまで行われていたRain dropsのライブについてそれぞれ夢見心地で語り合っていた。やっぱり照山君を信じてよかった。あんな素敵なライブをやれるんだから絶対もう一度復活するよ!と口々に語り尽くしていた。
 一方そのファンの中でも接触厨やらつながり厨と呼ばれる連中、いわゆるロック用語でグルーピーと呼ばれるバンドと肉体的にもつながりたいと思っている連中はその情報網を駆使してバンドの泊まっているホテルを見つけ、そのホテルのロビーにたむろっていた。彼女達はお互い一言も交わさず、それぞれただ心の中でこう願っていた。『早く照山君に会いたい。そして早く彼の純真さに触れたい。こんな汚れた私に手を差し伸べてくれたのは照山君だけ』と思い、さらにはこんなことまで思っていた。『もしかしたら照山君は童貞かもしれない。だってあんなに音楽に一生懸命だったんだもの。女の子と付き合う暇なんてなかったかもしれない。私は照山君に救われたんだから今度は私が恩返しする番なのよ』そして彼女たちは他の接触厨たちを見ながらこう決意する。『ライブではなかなか私をみてくれなかったけど、今日は照山君ライブ中ずっと私を観てくれてた。今日はもう逃がさない。だって照山くんは私だけのものなんだもの』と女版接触厨達はそれぞれ不謹慎極まりないことを考えながらホテルのドアを見ていたが、やがてドアから何人かRain dropsのTシャツを来た男たちが荷物を持って現れて、その後にバンドのメンバーが現れた。女版接触厨達はバンドを見ると我先に「ホテルのバーで待ってるから来てぇ!」と叫びだした。その叫びを聞いてかわからないが照山は歩きながら何度も頭のてっぺんを触り、他のバンドメンバーは立ち止まり接触厨に挨拶しようとしたが、マネージャーが注意するとさっさと歩き出し、バンドのメンバーはホテルの中へと入っていった。

 バンドの面々はエレベーターに乗ってそれぞれの部屋に入った。照山は部屋に入ってシャワーを浴びようとしたが、隣のギターの有神の部屋からバックを下ろす音がし、続いて服を脱ぐ音と、さらには有神のため息まで聞こえたのでびっくりして思わず壁に耳を当てた。隣からは有神がソファーに座る音や、呼吸や、はては屁の出る音までまる聞こえであった。照山はなんて壁の薄いホテルなんだと呆れ果て、さてはアイツ金をケチったな!とマネージャーを恨んだが、しかしあともう少しでこのツアーも終わるんだと自分を慰め、また頭のてっぺんを、今度は注意深く触りながらバスルームに向かった。

 照山はバスルームから上がると、ライブで疲れていたので、いつものようにあれを洗濯して消臭剤をかけてから、早めの就寝をとっていたが、いつもの悪夢を見てしまいすぐに目を覚ましてしまった。そして目を覚ましてもそばに置いてある洗濯したあれは盗まれていないし、みんなにあれがバレてもいない事を確認して安心したのだった。照山はあれを見ながら、いつもの悪夢に怯えている自分が悲しくなり、気を紛らわそうとして時計を見た。まだ22:30分だった。
 彼はなんとなく有神の部屋の方に顔を向けたが、部屋から音は聞こえず、おかしいと思ってまた壁に耳を当てたが、やはり音はなく、人のいる気配すらなかった。彼はあれをつけるとすぐに部屋から出て有神の部屋のドアを叩いたが、やっぱりなんの反応もない。彼は心配になりベースとドラムの草生と家山の部屋のドアを叩いたが同じくなんの反応もなかった。照山はあきらめて自分の部屋に帰ろうとしたが、その時ホテルのロビーで女版接触厨供が言っていた事を思い出したのだ。
 まさからアイツらあの接触厨達とホテルのバーで飲んでいるのか!あれほどマネージャーから接触厨共との交際を禁じられているのに!照山はメンバーを部屋に連れ戻そうと着の身着のままエレベーターに乗り地下にあるバーに向かった。

 しかし、バーにはメンバーの姿はなく、客はいかにも田舎の成金といった感じの派手な服を着た中年男とホステスみたいな格好をした女の二人組と、奥で寝ている爺さんだけだった。照山が連中がどこかに隠れているのかとかかとを上げて探そうとした瞬間である。後ろから誰かが彼の背中を指をツンツンと突いてきたのだった。
 照山はハッと後ろを振り向くとゴスロリのコスチュームを着た若い女が立っていた。その女はさっきロビーにいた女版接触厨の一人だった。照山は思わず自分を熱く見つめる女版接触厨から目を逸らしてあさっての方向を向きながらメンバーの居場所を尋ねた。すると女はそのクリっとした目で照山を上目遣いで見ながら甘ったれた口調でこう言った。
「ん〜っ、みんなマネージャーがうるさいからってぇ、女の子たちとぉ〜、近くのぉ、飲み屋さんにぃ〜、いっちゃいましたよぉ〜」
 そして女は動揺する照山に至近距離まで近寄り、照山をまじまじと見つめながら話を続けた。
「私もぅ〜、誘われたけどぉ〜、照山君に会いたいから断ってぇ〜、ひとりぼっちでぇ〜、ずっとまってたんですぅ〜!あえて良かったぁ!私ずっと照山君とお話ししたかったんですぅ!」
 そう言って涙まで流している女に照山は心動かされるものを感じ、さらに胸元から覗く二つのたわわに実った禁断の果実を見ると、さっきのライブで味わったような高揚感が胸元までこみ上げてきた。だから女が涙を流しながらこう言った時、照山は即座にOKしてしまったのだ。
「今夜わぁ!私とぉ〜、お酒飲んでくれますかぁ~?」

グルーピーの告白

 照山は彼女の誘いにOKした瞬間、途端に後悔に襲われ、やっぱり断ろうとしたが、女が感激のあまり声まで上げて泣き出したので、照山は動揺し周りを見渡すと、人からは見えにくい席まで女を連れて行ったのだった。
 まず女をソファーに座らせ、照山も一つ開けてソファーに座った途端、女が涙をハンカチで拭きながら照山に向かって喋ってきた。
「私嬉しいよぉ~!ずっと追っかけてた照山君とこうしておしゃべりでいるなんてぇ!私ミクって言いますぅ~!ファンレターたくさん書いたんだよ~!照山君読んでくれてるっ~?」
 ファンレターか……。そういえば最近全然読んでないな、昔は全部読んでたのに。と照山は女を横目に見て申し訳ない気持ちになった。女はそんな照山の心の中を見透かしたのか、にっこり微笑みながら照山を見た。そしてまた喋りだしてきた。
「いいんですよ~っ!そんなに申し訳無さそうな顔しなくたってぇ~!だってぇ照山君には沢山のファンレターが届くんでしょ~っ!私の手紙なんかぁ読む暇ないですよぉ~!でも今日わぁ、こうしてぇ〜!照山君とぉ〜、お話することが出来たしぃ〜、もうミクゥ〜、出会いの神さまに感謝感激ですぅ!」
 そこまで言うとこのミクという女はソファーから腰を上げ照山の隣に座ってきた。そして至近距離で照山を見つめてくる。照山は思わずミクから目を逸らしたが、ミクの太ももが当たってくるのが気になってしょうがない。「あの〜」とミクが口を開いたので照山は彼女を方を見るとミクは真剣そのものの表情で照山を見つめている。彼女は照山に言った。
「あの〜っ、私のお話し聞いてくれますかぁ〜?」
 ミクは不安そうな眼差しで照山を見ている。照山は彼女を慰めるように優しくこう言った。
「いいよ」

「私わぁ〜、ずっとぉ〜、ひとりだったんですぅ〜!両親は離婚してぇ〜、ママと二人で暮らしてたんだけどぉ〜、ママは男と夜遊びしてぇ〜、私はぁ〜、ずっとひとりで家にいたんですぅ〜。だからぁ〜、わたしぃ〜、ヤケになってぇ〜、中学生の頃からぁ〜、パパ活やってたんですぅ〜。毎日汚いおぢさんにやらしいことをさせられてぇ〜、すっかり自分が汚くなってぇ〜、もうなにもかも嫌になってぇ自殺を考えていたその時にぃ〜、Rain dropsに出会ったんですぅ!たまたまAKBのCD買いにぃ〜、渋谷のタワレコ行ったらぁ〜、店の中でRain dropsの『全ての悲しい女の子たちのために』が流れててぇ〜、それを聴いた瞬間私ガン泣きしたんですぅ!そしてAKBのCD買うのやめてぇ〜、Rain dropsの『すべての悲しい女の子たちのために』のCD買ってぇ家でずっと聴いてたんですぅ〜!聴きながら私のことを歌ってるんだって思って一晩中泣きながら聴いていましたぁ〜。サビの「こんな汚れた世界にも光はあるんだよ」のフレーズなんか未だに口ずさんでるんですよぉ。私はRain dropsの歌を聴いて救われたんですぅ!自殺を考えていた私を照山君、あなたの歌が止めてくれたんですぅ〜!」
 純真な照山はミクの告白の一部大胆すぎる部分に顔を顔を赤らめたが、あまりに荒んだ生活を送っていた彼女に心の底から同情し、そんな彼女を救ったのが自分たちのロックであったことに深い感動を覚えた。照山は自分たちのファンの中にミクのように心に深い闇を抱えた人間がいることは勿論知っていた。バンドとしてライブ活動を初めてから、メジャーデビューしてからしばらくの間、ライブの観客たちとバンドで飲みに行った時観客の女の子から同じような話を聞かされたことがあったのだ。あの子たちはまだ自分たちのファンでいてくれているのだろうか。そういえばバンドが人気になってからファンと話なんてしたことはなかったなと照山は思い、俯いて不安そうにチロチロ自分を見るミクに優しく言った。
「いろいろ聞かせてくれてありがとう。こうやってファンと直接話すなんて何年ぶりかな。よかったらもう少し付き合わないか?」
 憧れのカリスマバンドRain dropsの照山が自分の身の上話を最後まで聞いてくれただけでなくもう話がしたいとまで言ってくれたことにミクは感激しまた泣きそうになった。そんなミクを照山は優しく見つめ、通りかかったウェイターを呼び止めた。
「なんか飲み物ないかな?」

ロックへの熱い想いと危険な誘惑

 君は何か飲むの?と照山が酒を勧めてきたので少し興奮状態になっていたミクはビールやらウィスキーやら次々に注文し始めた。そして酒が来ると手慣れた手つきで照山のグラスに注いだ。そん彼女を照山が思わずみると、ミクはニコリと笑い「私普段はぁ、六本木のキャバクラで働いているんですぅ」と言ってきた。彼女は続けて「そうやってお金を貯めてぇ、Rain dropsのライブに全国周ってるんですぅ」と言った。照山はそう健気な表情で話す彼女に哀れみを感じたが、ミクはそんな照山の心情を素早く読みとって、「照山君大丈夫ですよぅ!私今が一番幸せなんですぅ。だって私を救ってくれた照山君たちRain dropsの歌を生で聴けるしぃ〜、今日はこうやって照山君とぉ、お話できるんだからぁ!」とまた感激に目を潤わせながら言った。照山はそんなミクを優しく見つめると、テーブルの中のビールが入っているグラスを一気に飲み干してから彼女に向かって言った。
「君はさっき僕らの音楽に救われたって言ったね。ロックをやってる人間にとってはこれ以上素晴らしい賛辞はないよ。みんなそれを目標にロックやってるんだからさ!僕だって田舎で孤独に苦しんでいた少年時代にロックに救われたんだ。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、ドアーズ、デヴッド・ボウイ、ルー・リード、パティ・スミス、ジョイ・ディビジョン・ザ・スミスとモリッシー、ストーン・ローゼス、ニルヴァーナ、スマッシング・パンプキンズ、オアシス、レディオヘッド……他にも沢山いるけど彼らの音楽を聴いて僕は救われたし、彼らのおかげで今こうしてロックバンドをやってるんだ」
 ミクは照山のあげたアーチストは誰一人としてしらなかったが、彼らの名前を言うときの照山の恍惚とした表情にすっかり見惚れてしまった。そして照山を見つめていると、照山も彼女を見つめてまた語り出した。
「特に影響を受けたのはデヴッド・ボウイとスミス、それにスミス解散後のモリッシーだね。僕は彼らのように男女のセクシャリティーの垣根を超えた音楽をやりたいんだ!」
 そう照山はロックへの想いを熱く語りミクをみると、彼女はいつの間にか照山にべったり貼り付き、トロンとした熱っぽい目つきで彼を見ているではないか、濡れた唇を淫乱の輝きで光らせ、照山を咥えたそうに半開きにしているのだ。
「私も、照山君とぉ、男女の垣根を越えて熱く繋がりたいですぅ!」
 彼女は熱っぽくそう言うとその淫乱の唇を光らせ、この少年の心を持つ、未だに童貞の20代後半の男にその豊満な体を押し付けて迫ってきた。ミクの予想されたが、このタイミングで来るとは思ってなかった行動に、照山はすっかり動揺し、急に頭が蒸れて、頭皮が汗まみれになってしまった。汗は頭皮にたまり、とうとう危険を察知した照山はとりあえず酒に逃げようとろくに酒も飲めないのにそこら辺にあったビールらやウィスキーやらガブ飲みしてしまったのである。

カツラとホモ疑惑

 朝4時ちょうどに照山は目を覚ましたがそこはベッドの上だった。寒気がして自分の体をみるとなんと素っ裸である。彼は咲夜のことをよく考えようと頭に手を当てたが、いつも寝るまでは絶対に付けているはずのあれがないのである。彼は飛び起きて部屋中を探したが全く見つからない。照山はどうしたんだと半狂乱になったが、どうにか心を落ち着けてバッグの中から、万が一の時のためのスペアにと入れておいたあれを取り出したのである。
 シャワーを浴びながら照山は昨夜のことを思い出そうとする。メンバーを探してホテルのバーに言ったら接触厨のミクとかいう女がいて、他のメンバーは外の居酒屋に行ったよと聞かされ、それから女が身の上話をしてきて、自分が音楽について熱く語ったら、女が急に淫乱丸出しで迫ってきて、あれの中で頭皮が汗まみれになって頭が蒸れてきて、女から逃げようとウィスキーやらビールやたら飲んでそれから……それからがどうしても思い出せない!

 彼はシャワーを終えると絶望的な気分になりながらスペアのあれを頭につけた。そういえばあれから女はどこに行ったのだろう。そして自分はあれをどこで落としたのだろうか。部屋には女のいた痕跡は特にない。ただ自分の服についたらしい女の香水の匂いがふんわりと漂ってくるだけだ。しかしあれのありかを考えこむと気が滅入ってくる。自分は大変なことをしでかしてしまった。自分が下らない誘惑にのったせいでせっかくバンドの人気も復活したのに、今回の事件が表沙汰になったらもうおしまいだ。しかしもしかしたらこの階やエレベーターの中のどこかに落ちているかもしれない。彼は時計がまだ4時台であることを確認し廊下に誰もいないことを祈ると部屋から廊下に出て藁をもすがる思いであれを探しに歩いた。
 結局この階を探してもあれは見つからず、仕方なしにエレベーターの中を探そうと照山はエレベーターホールに向かったが、そのエレベーターホールに一人ポツンとゴスロリの格好をした女がいるではないか。あのミクとかいう女だ!照山は心臓をバクバクさせながらミクに近寄った。
 照山はミクのそばまで行くと、ミクは照山をキッと睨みつけ左手から黒いふさふさしたものを照山に突き出した。それはまさしくいつも照山が頭につけていたあれだった。そして彼女は照山に向かって叫んだ。
「この、この……このカツラなによぅ!」
 ミクの左手でつかまれてる哀れな、今の彼にとってアーチスト生活には欠かせないものとなってしまった、カツラを晒され照山は羞恥と女に対する怒りで震えてしまった。もうやぶれかぶれだった。照山は女に向かって叫んだ。
「ふん、君が見た通りだよ!これが真実なんだ!さあマスコミにでも僕のことを洗いざらいバラすがいいさ!それで裏切られた君の心が晴れればね!」
 照山の言葉にミクは俯き一瞬沈黙したがやがて顔を上げて口を開いた。
「そう、照山君がいいんだって言うんなら、全部マスコミにバラしてもいいよぅ、あの夜酔っ払ってぐでんぐでんになったあなたを部屋まで連れてきてあげたんだけど、何故かあなた、部屋の中に絶対入るなそこには誰も触れていけない僕の秘密があるんだと言って私を追い返したよねぇ。私さっきなんであんなに盛り上がったのにこの仕打ちはなんなのよって怒ってホテルのバーでやけ酒してたんだけど、やっぱり照山君に逢いたくなってまた部屋まで戻ってきて、鍵が開いてたから忍び足で入ったの。部屋は真っ暗闇で服は脱ぎ散らかし放題だった。そうして歩いていたら床にあったこれを踏んづけたのよ!」
 と言いながらミクはまたあのカツラを突き出してきたのだ。照山はもう話の続きを聞きたくなかった。思わずこの場で耳を塞ぎたくなった。しかし女はダメ押しにと話を続けたのだ。
「私は寝室から微かに漏れる寝息を聞いてぇベッドのそばまできて布団をそっとをめくったらぁ」
「ああーッ!もうやめてくれえ!」
 照山は耳を塞ぎ思わず叫んだ。それは絶望の底からの叫びであった。しかし女はそんな照山を見下し無情にも話を再開したのである。
「ベッドをめくったらぁ、そこに裸の背中とお尻が見えたから私びっくりしたんだけどぉ、こんなもの見せられちゃやることやらずに帰れないって思っちゃってぇ、それで照山君を起こそうと顔を見たら……」
「見たらなんだって言うんだぁ!」
「そこには照山君にちょっと似たハゲた親父が寝ていたの!私部屋間違えちゃったと思って飛び出したんだけど、そのあと何回も部屋の番号確認したんだけどどう見ても照山君の部屋だったの。照山君あの人誰なの?あなたとこのカツラをつけていたあのハゲ親父はどういう関係なの?照山君私が部屋まで送ってあげた時、この部屋には僕の秘密が隠されてるって言ったよねぇ。あの親父があなたの秘密なの?あなたそっくりのカツラまでつけさせてぇ!あなたはあのときおの男と一戦交わったあとでスッキリしにトイレにでも行ってたんだわ!汚い男!私をその気にさせといてぇ、あんなに服を脱ぎ散らかしてさぞかしあのハゲ親父と熱い夜を過ごしたんでしょうね!さよなら照山君!でも最後に言っておくよぉ、あなたのような美少年にはあんなハゲの親父は似合わないよぉ!」
 そう言い放つと女は照山にカツラをなげると、非常階段まで駆けていき、非常階段のドアを思いっきり閉めて立ち去っていった。照山は床に落ちていたカツラを拾いあげて見つめていたがふと涙が溢れてくるのを抑えられなくなり、部屋に一目散に駆け戻るとベッドに飛び込んで枕を抱きしめ声を殺して泣き続けた。

THE END

 それから彼は再び眠りに落ちていたが、隣の有神が彼を起こしに部屋のドアをノックしてきたので飛び起きて慌ててそばのカツラをつけて、もう一つのカツラを鞄にしまうと部屋のドアを開けて有神を入れた。有神は照山の目が赤くなっているのを見て「なんだお前泣いてたのか?俺らが女の子たちと飲みに行ったのがそんなに悔しかったのか」と笑いながら言った。そして続けて「でも安心しろよ!途中でマネージャーのやつがやってきて女の子たちを追い返しちまったんだ!あの野郎俺らが女の子と仲良くしようとするとすぐ突っかかってくるんだからな。アイツホモなんじゃねえか?ホモの親父じゃ最悪だね!オマケにカツラ疑惑もあるし」
 それを聞いた瞬間、照山の頭の中にさっきの嫌な出来事がよぎった。ホモ、親父、カツラ。
「そのホモでカツラ疑惑のマネージャーさんが10じまでにチェックアウトするから早く支度しろってさ!」
 そう言って部屋に戻ろうとする有神を照山は引き留めた。有神はなんだ?と言った表情で照山をみた。照山が深刻そのものの表情で自分を見ている。有神は照山の表情を見て何か事件かと照山に向き直った。照山は頭を押さえながら言った。
「僕って老けて見える?おじさんに見えることない?」
 有神は思わず笑ってしまった。妙に深刻な顔して話したい事があるって言うからどんな事かと思ったら、そんな事かと思った。だから有神は冗談めかして照山に言ったのだ。
「おうおう、老けてるぜ!頭よく見てみろよ!白髪だらけだぜ!」
 照山は有神の言葉にハッとしカツラの髪をつまんでみたが、その毛の感触がどう考えても自分の毛でないことが悲しかった。そんな照山を見て有神が安心させるように続けてこう言った。
「ハッハッハッ!心配すんなよ照山!白髪なんて生えてねえよ!多分お前はこの先ずっと白髪なんか生えないよ。その艶々した髪のまま一生送るんだろうな!だけど……」
「だけど?」と照山は有神の言葉をそのまま出して問う。
「だけど、お前ずっと何年も前からずっと苦しんでいただろ?それで疲労が蓄積されてそれが顔にも出てるんだ。だから疲れだってわからないやつがお前を見たら30代、もしお前が頭ハゲ散らかしてたら40代に見えるんじゃねえかな?あんまり一人で抱え込まないで何かあったら俺らに相談してくれよ!ハゲ散らかす前にさ!」
 そう言って有神はじゃあ早く出発の準備しろよと言って部屋から出て行った。照山は独り残された部屋で頭を抱え込みおもむろにカツラの髪を1本抜いたが、まるで痛みを感じなかった。傷つき過ぎてもはや何もかも無感覚になった照山は人差し指と親指で摘んでいる人工毛をいつまでもじっと見つめていた。

 このライブツアーの終了後とこからの情報からかわからないがRain dropsのボーカルの照山にホモ疑惑が持ち上がった。マスコミは面白半分に取り上げたが、照山以外のメンバーなんでそんな疑惑が持ち上がったのか分からず、照山に問いただしてみたが、照山は蒸した頭を押さえて沈黙するのみだった。しかしファンの間では照山のホモ疑惑はむしろ好意的に捉えられ、Twitterやファンサイトで照山のBLイラストが大量に載せられた。そしてツアーの大反響を受けた我らがRain dropsは本格的に再ブレイクして完全に全盛期の人気を取り戻したのであった。

 


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