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アイツはがんばり屋なんだ

 放課後の三年B組の教室で今から補修が始まろうとしていた。一週間後に行なわれる追試のためである。担任は補習を始める前に一週間前の中間テストで見事赤点をとったバカ男子生徒にいきなりの大説教を喰らわした。

「お前は学校をなんだと思っているんだ!これ以上赤点を取ったらお前は即落第、場合によっちゃ退学だぞ!いい加減勉強に身を入れろ!」

 だがバカ男子生徒はうるせえんだよカス!と言って机を蹴り上げて怒鳴った。

「勉強に身を入れれば頭良くなるならとっくにそうしてるわ!俺はバカすぎて教科書自体が読めねえんだよ!ふりがなぐらいつけろボケ!」

「お前という奴は!じゃあ今すぐこっから出て行け!」

 担任はこうバカ男子生徒を怒鳴りつけたが、しかしバカ男子は担任の話をガン無視して同じく補習を受けている隣のメガネをかけた地味な女子生徒に話しかけた。

「お前見ねえ顔だな。転校でもしてきたのか?」

「ハハハ……最初からこのクラスにいますよ。お互い席が離れているし、私じみだから認識されてないんですね」

「マジかよ。お前追試受けるってことはやっぱり赤点とったんだろ?点数幾つなんだ?なぁ教えろよ。俺も教えるからさ」

「0点」

 それを聞いたバカ男子生徒は腹を抱えて思いっきり笑い、笑いながら女子生徒を指差して思いっきりバカにした。

「ええーっ!0点なんてあり得ねえだろ!お前マジばか!俺よりバカ!いやぁ〜だけど下には下がいるんだなぁ〜。ま、まあ頑張れよ。どうせダメだと思うけど!」

 担任は自分を無視してしゃべくってる二人に対して教壇に手を叩いて怒鳴りつけた。

「お前ら教師の話聞かんでなにをくっちゃべっておるか!」

 バカ男子生徒はすかさず教師に言い返す。

「うるせえなおっさん、グチグチ言ってねえでさっさと補習始めろや!俺らに赤点取らせたくねえんだろうが!このカス!」

 そんなこんなでようやく補習が始まった。バカ男子学生は担任の講習を鼻ほじって聞き流していたが、0点をとったというメガネの女子生徒は逆に逐一ノートを取りながら一心に聞いていた。バカ男子はそんな女子生徒に向かってお前は0点なんだからそんなことやっても無駄だと囃し立てた。しかし女子生徒はそのバカ男子を無視することも怒ることもせず、ただ笑ってこう言った。

「いぢめないでくださいよ。私だって大失敗したって思ってるんですから。追試でちゃんと取り戻してみせますよ」

「何が取り戻すだ。0点が取り戻せるわけねえじゃねえか!それがお前の実力なんだよ。いい加減無駄な努力はやめろ!」

 その二人に再び担任の一喝が飛んだ。

「コラー!そこの二人喋るなと言ってるのにまだわからんのか!」


 担任はそのまま補修を続けたが、切りのいい所で休みを入れることにした。休みの合図とともに女子生徒は机から立ち上がって出入り口へとむかう。男子生徒は女子生徒が教室から出ていったのを見て担任に話しかけた。

「おいおっさん。アイツ名前なんて言うんだ。今の今まであんなやついると思わなかったから名前知らねえんだよ」

「さっきからおっさんってなんだ!ちゃんと先生って呼べ!……アイツはつくねだ」

「なんだよそのおでんツンツン男に突っつかれそうなおでんの具みたいな名前は!しかしあんなバカが同じクラスにいるとはな。0点だってよ!笑えるぜ!」

 担任はこのバカ男子生徒を呆れるような憐れむような目で見た。だが、あえて飲み込んでこう言った。

「あいつはな、ホントにがんばり屋なんだ。自分に足らない所を必死になって埋めようとしている。アイツ俺に言ったんだ。たしかに私は劣っているかも知れないけどそれでも努力をすればなんとかなるって思ってます、ってな。いい言葉だろうがお前もアイツを見習ってちゃんと勉強せい!」

「バ~カ!0点取るようなアホをどうやって見習えってんだ!いくら俺がバカでも0点なんて殺人的な点数は取らねえぞ!」

 担任はこの本当にバカな男子生徒をさっきの十倍ぐらい呆れるような憐れむような目で見た。


 補習の後でバカ男子生徒は一緒に帰ろうぜと女子生徒を誘った。女子生徒は意外にも誘いに応じた。

「おい、担任から聞いたぞお前つくねって名前なんだろ?おでんの具みたいだなって言われね?」

「ハハハ……聞き違いじゃないですか。私すくねですよ」

「まあつくねが少ねえでもなんでもいいわ。とにかく同じクラスにお前みたいな殺人級のバカがいるとは思わなかったぜ」

「ハハハ……ナチュラルに酷いこと言いますね」

「だってホンマモンのバカだろ?お前は。0点だぞ?0点なんてどうやって取れるんだよ!」

「だから今度の追試で取り戻さなくちゃって思うんです。確かにいまさら頑張ったってしょうがないと思うんだけど、それでもやらなくちゃって」

 バカ男子生徒は0点取った恥晒しの女子生徒がこんな事を拳なんか握りしめて言うのがおかしかった。0点なんて取り戻しようがないでしょ。だが女子生徒は自分の話に夢中になったのか、呆れ顔で自分を見るバカ男子生徒に向かって続けて喋った。

「今回は大失敗しちゃいましたけど、次の期末試験は絶対に高梨君や中村さんを超えて見せます」

 ここでバカ男子生徒はこらえきれず腹を抱えて大爆笑してしまった。

「ギャハハッハハハハハハハハハハッハハッハ!お前みたいな0点バカがあの二人を越えられると思ってるのかよ!あの二人は一年の頃からダントツのトップ2なんだぜ!お前みたいな0点バカと比べられるかよ!前の期末試験だって二人は三位の難しい漢字の何とかってやつを倍以上引き離してるんだよ!無理だよ、つくねちゃんよお~お前には無理だよ、お前があの二人を超えたらロシアが核爆弾落としてるわ!」

 このバカ男子生徒の嘲笑にさすがのつくね、いやすくねも頭にきたのか、思いっきりバカ男子生徒を睨みつけた。バカ男子生徒は自分を睨みつけるつくねをみて、彼女のあまりの身の程知らずなバカっぷりに深く同情し、彼女に現実を教えようとした。

「あのな、そうやって叶わぬ夢を見てるのもいいよ。だけどいい加減自分が0点しか取れない人間であることに気づくべきなんだ。いいか?ウチのおじいちゃんが言ってたことだけどな、1は0を足していけば100になるけど、0はいくら0を足そうが0のまんまなんだ。悪いことは言わない。今すぐ諦めて1点を取る方法を考えろ」

 つくね、いやすくねはこのバカ男子生徒の言葉に感銘を受けたらしくため息をついてバカ男子を見た。

「凄いこと言いますね。0を1に変える努力か。たしかにまずそこからですよね。まず基盤を組み立ててそれから設計図を作成すればいい。貴重なアドバイスありがとうございます!私頑張ります!」

 バカ男子生徒はこう語るつくね、いやすくねがとうとう頭が本当にバカになったのかと思って気の毒になった。

 そして一週間後追試が行われた。


 追試の合否が担任から発表された時、ギリギリ合格したバカ男子生徒は真っ先につくね、いやすくねに結果を聞きに行った。彼はつくね、いやすくねが確実に落ちると思っていたので結果を聞いたら同情の言葉をかけてやろうと思っていた。ついでにそこら辺で雑草でも拾ってあげようとも思っていた。つくね、いやすくねは校舎の裏で涼んでいた。

「おい、つくね。俺ギリギリだけど合格してやったぜ。で、お前はまた0点だったんだろ?かわいそうに。今度はお前一人で追試だな」

「ハハハ……私もなんとか合格しましたよ」

「えっ?」

 と、その時であった。「おお~い。すくね~」の呼び声とともに、なんと学年トップ1.2の高梨と中村が一緒にバカ男子生徒とつくね、いやすくねの元にやってきたのであった。二人は何故か0点女子のつくね、いやすくねの肩を叩き凄いじゃないかと褒め上げ、そしてこう続けた。

「あの俺たち、先生たちがお前の追試の点数の事を話しているのを偶然聞いちゃったんだよ。ほぼ満点だったらしいじゃないか。創立以来最高の点数だったらしい。これが中間テストだったら俺たちの王座も危なかったよ。お前がもし中間テスト受けていたら今頃俺たちは金メダルをお前に贈呈しなくちゃいけなかったんだな」

「すくねさん、やっぱりあなた油断できない人だったわ。いつかスパートをかけて私達を追ってくるんじゃないかと思っていたの。でも嬉しいわ。やっとライバルが出来たって感じなんだもん」

「ちょっと二人ともやめてよ。私はあくまで追試なのよ。二人と同じように中間テストやってたら絶対にあんな点数とれなかったよ。追試の点数なんて記録にも残らないし、掲示なんかされないでしょ?大体中間テスト受けられなかったのだって全部私が寝坊してテストすっぽかしたせい。準備の時点で私はあなたたちに負けているのよ。そんな物を自慢になんて出来ないよ。それにさ……他の人も聞いてるじゃん」

 高梨と中村はすくねの言葉にハッとしてバカ男子生徒を見た。バカ男子生徒は顔を真っ青にしてガタガタ震えていた。

「あ……あの御三方今どういうお話をされていたのですか?」

 中村が三人を代表してバカ男子生徒に説明した。

「あのね、今私達中間テストの事話していたの。自己紹介すると私が中村で彼が高梨で私達が一年の頃からずっとテストのトップ争いをしていたの。その下で常に3位についていたのがこの宿禰さんよ。でこれこれしかじか……」

 バカ男子生徒は生まれてこれほど辱めを受けたことはなかった。彼は中村の説明を聞きながらずっと震えていた。彼は突然スコップ持ってきてくれと叫んだ。三人は真顔で彼になぜかと尋ねた。バカ男子生徒はその三人に向かってスコップで穴を掘るんだと答えた。再び何故と尋ねてきた三人に彼は声を張り上げて叫んだ。

「穴があったら入りたい!」






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