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十二音列

 現代音楽の創始者シェーンベルクが確立した十二音列技法は西洋音楽に歴史的な変革をもたらした。このシェーンベルクが確立した十二音列技法とは、ざっくり言えば十二の音を平等に扱って作曲するという技法である。今までの西洋音楽はバッハからワーグナーに至るまで作曲家は好みの音ばかりを使用し、彼らの好みでない音は等閑にされていた。シェーンベルクはそのどうでもいいように扱われていた音たちに手を差し伸べたのである。それは西洋音楽におけるヒエラルキーの打破であった。作曲家たちの好みの音が王侯貴族やそれに準ずるものならば、作曲家たちから等閑にされていた音は庶民階級やそれ以下の賎民たちであった。ベートーヴェンが彼の偉大さとその巨大な楽曲で西洋音楽を王侯貴族から解放してから約100年後、シェーンベルクにおいてついに全ての音が平等である事が宣言されたのである。これは同時代に起こったロシア革命に比すべき音楽の革命であった。

 そのシェーンベルクの十二音列は次世代の作曲家によってトータルセリーへと発展し、リゲティのトーンクラスターのような十二の音を当時に鳴らす技法まで生み出した。

 残念ながら現代の音楽ではシェーンベルクの十二音列技法はあまり試みられないものになってしまったが、しかしそれでもシェーンベルクのなした音の四民平等という思想は今もなお生き続けている。


 さてこの現代にそのシェーンベルクを多大にリスペクトする二人の男がいた。その二人の男とはメタルバンド『ピエロ・リュネール』のギタリスト&バンドの共同リーダーのアントンとアルバンである。シェーンベルクを多少知るものならこのバンド名と二人の名前を聞いてすぐにビンとくるだろう。ご明察の通り、バンド名はシェーンベルクの無調時代の代表曲『月に憑かれたピエロ』から取られたものであり、二人の芸名の由来はシェーンベルクの弟子であり、彼と共に十二音列技法を主導した作曲家であるアントン・ウェーベルンとアルバン・ベルグである。

 このアントンとアルバンが結成したメタルバンド『ピエロ・リュネール』はテクニカルクラシックブラックデスメタルバンドでヨーロッパを中心に国際的な人気のあるバンドである。このバンドは徹底的なテクニック至上主義と、シェーンベルク仕込みの音の平等主義を掲げたバンドであった。アントンとアルバンはインタビューで事あるごとにうちのバンドほど全パートを平等に扱っているバンドはないと発言していた。ボーカリストのピエールはバンドについてこう語っている。

「俺はピエロリュネールの多分十五代目ぐらいのボーカリストなんだけど、普通にオーディションで入ったんだ。俺は元々ピエロリュネールの大ファンで運良くボーカルになれたらなんて軽い気持ちでオーディション受けたんだよね。したら何故か受かってさ。まぁ、後で聞いたらオーディションきたの俺一人しか来なかったらしいんだけど。でもこうしてボーカリストになれて嬉しいよ。俺がピエロリュネールの新しいボーカリストになったってメタル仲間に話したら、仲間は言うんだよ。お前地獄を見るぞってさ。メンバーとしてバンドに入って仲間の言っていたことの意味がわかったよ。あの二人楽譜通りに弾かないとすぐブチ切れるんだ。この間俺がノリに乗ってシャウトをいつもより張り上げて歌ったんだ。したらライブの後で楽譜突きつけられて楽譜にはビブラートの指示なんてねえって怒ってきたんだ。普通メタルだったらビブラートぐらいするよな?だけどアイツらはそれすら許さないんだ。俺たちは楽譜でメンバーのパートが平等になるようにしているんだ。それを破って一人で目立とうとするなってさ。その他にも俺のMCが長すぎるって怒られたこともあった。俺たちは平等なんだ。絶対に一人で目立とうとするなってさ。おいおい俺フロントマンだぜ。ライブ盛り上げなきゃどうすんだよっていつも思うけどまぁ偉大なるピエロリュネールを支えているのはアントンとアルバンだし従うしかないよね」

 ベースのカールハインツもドラムのルイジも同様の事を語っている。彼らは口を揃えてアントンとアルバンの厳格極まりないバンドの平等主義について語った。

「とにかくとんでもない平等主義なんだ。アイツら二人は俺たちにそれを実践させようとして楽譜を俺たちに刻ませようとするんだぜ。言っとくけどこれは比喩じゃない。実際に俺たち新曲が出来るたびにタトゥーショップに行かされて楽譜を彫らされているんだから」

 だがバンドの中で最も徹底して平等主義を実践しているのはやはりアントンとアルバンである。このギタリストにしてバンドの共同リーダーのアントンとアルバンは共同で曲を作る時も音を平等に五分割していた。自身の担当楽器であるギターでのソロでさえその五分割に入れていたぐらいなのだ。

「あくまで平等じゃなくちゃいけないんだ。メタルはロックやヒップホップに見捨てられた貧民たちを救済する音楽なんだ。だからギターやボーカルを削ってでもベースやドラムを入れなきゃいけない。あの偉大なる現代音楽家のシェーンベルクはその十二音列技法で全ての音を救わんとした。それと同じように俺たちはバンドで等閑されがちなベースやドラムに光を当てなきゃいけないんだ。ギターキッズだけでメタルをやっちゃいけないんだ。ベースキッズ、ドラムキッズがいてこそメタルは成り立つんだ」

 アントンとアルバンは自分たちかま担当するツインギターの配分についてとんでもなく厳密であった。二人はライブの後で録画したライブの音源を聴きメンバーは勿論だが、何よりも自分たちのギターパートがちゃんと平等になっているか厳重にチェックした。その結果どちらかの、またメンバーの目立ちっぷりが露見されるともうその日は深夜までの大反省会だった。俺たちはシェーンベルクの思想を引き継ぐメタルバンド。ロックやヒップホップに見捨てられたメタルヘッズに夢と希望を与えるんだ。アントンとアルバンはこんな思いをこめてピエロ・リュネールをやっていた。

 しかしそれは理想と現実の葛藤をもたらした。共に異常なまでに音に敏感で過剰なまでに音色にこだわっていた二人は相手のどんな小さなルール違反も許せなかった。そして不幸な事に自分のルール違反には過剰に甘かった。アントンとアルバンは共にいかに自分が楽譜に忠実に弾いたかをピエールたちメンバーに思いっきり圧を加えながらアピールしたが、しかしその嘘はすぐさま相手に見抜かれた。どちらかの発言にピエールたちがさっすがと持ち上げている中もう一方が厳しく相手を糾弾した。時には手を庇っての蹴り合いの喧嘩になった。二人のうちのどちらかが楽譜に忠実に弾いているかなど、高等音楽教育を受けているわけではないメンバーにはわからず、勿論ファンには全くわからなかった。ファンはただ二人のクラシカルでテクニカルなブラックでデスなギターに熱狂していただけなのだ。

 ライブの後のミーティングでのアントンとアルバンの激しい蹴り合い。ギターを毎日犬猫のように慈しんでいる彼らがなぜ人間にここまで過酷になれるのか。ピエロリュネールのこのバンド平等主義の争いは忠実にソビエト革命の経緯をなぞりもうスターリンとトロツキーの抗争のようになってしまった。アントンとアルバンは互いにシェーンベルクの革命を引き継ぐのは俺だと主張し、相手を反革命と批判するようになった。

 ある日アントンがSNSで突然アルバンをバンドから除名すると発表した。するとそれからいくらも経たないうちに今度はアルバンがアントンをバンドから除名すると発表したのである。二人は偶然か意図してか全く同じ文章でこう発表した。

『ピエロリュネールの裏切り者を除名する。この反革命分子はピエロリュネールが掲げた革命の理想を自分がギターソロを思う存分弾きたいというただそれだけのために踏み躙った。反革命分子はピエロリュネールから追放し、メタル界から永久に除名する!』

 それからしばらく経った頃ボーカルのピエールとベースのカールハインツとドラムのルイジはSNSにファンに向けて声明を発表した。

『僕たちピエロリュネールから脱退します。ピエロリュネールで過ごした時間と培った経験は一生の宝物です。僕たちは三人それぞれ革命を超えた新しい音楽を手に入れるために旅立ちます!」

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