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聴けたもんじゃない

 久しぶりに公園でギターを弾いたのは別に天気が良かったわけじゃない。天気が悪くても公園までギターを持って行ったかは微妙だが、まあそれはそれとしてとにかく書きたいことは今ギターを鳴らして歌おうとしている曲は昔好きだった人をイメージして作った曲だってことだ。


 僕は昔はミュージシャン志望で暇な時は公園や駅前の人の目につくところでいつもギターを弾いていた。とはいっても所詮アマチュアのものだし、人も大して集まらなかった。その数少ない観客の中に常連で通って来る人もいて、その中には彼女もいた。

 彼女は何回から路上ライブに来ていて自然と話しをするようになったが、彼女は本当に毒舌で、僕のライブを見に来ているのは別に僕の歌がいいわけではなく、逆にあまりに酷いから哀れんで来ているのだと言っていた。僕はだったら来なくていいんじゃないかと言おうとおもったが、だけどその時既に彼女が好きになっていたので、このキツすぎる批判に逆に発奮し彼女に気に入られるような曲を作ってやると心に決めた。そうしてライブで彼女の冷たい視線を浴びて歌いながら、僕は家で必死こいて曲をつくっていた。いくら彼女でもこの曲を聴いたら確実に耳を傾けるだろう。そう信じてカセットに歌を吹き込んでいた。

 そうしてやっと曲が出来、ようやく彼女に聞かせるチャンスが訪れた。彼女はいつものようにライブにやって来て僕を冷たい視線で眺めている。僕はその彼女に向かって挑発的な視線を投げて軽く新曲が出来たと言ってから新曲を歌った。だけどその瞬間彼女はいきなりこう言い放った。

「こんな曲とても聴けたもんじゃない!」

 彼女はこう言い捨ててさっさと僕と数人の観客を置いてさっさと立ち去ってしまった。

 その後彼女はぱったりとライブに来ることはなかった。僕もそれからしばらくライブ活動をやっていたが、自分の才能の無さに見切りをつけてたまたま応募した会社に受かってそのまま就職した。

 それからしばらく経ってからである。僕はたまたま会った昔の路上ライブの観客だった女性からあの彼女の消息を聞いたのだ。それはあまりにも衝撃的で悲しい消息だった。その彼女の友人だったという女性の話によると彼女は自殺したそうだ。僕は何故と女性に聞いたが、女性は首を振ってわからないと答えた。ただ女性は最後に彼女にあったときに彼女が僕の歌ったあの酷い曲についてこう言っていたと言っていた。

「ホントに酷い曲でずっとあんな物聴いていたら自殺したくなるよ」

「勿論冗談で言ったんだよ」と女性はすぐにフォローした。それから女性は彼女がその死に至る直前まで僕のライブに通っていた事を話した。「彼女、駅前にあなたがいない時は公園にいるんじゃないかって言って一緒に公園まで行ったんだよ」

「だけど何故なんだろう。何故彼女はそんな事を……」

「さあ、わからないよ。彼女はなにも私に言ってくれなかったし……」

 それからしばらくして僕らは別れた。僕は家へと帰る途中ずっと彼女があの曲を聴いたあとに言った言葉を考えていた。あの曲は今考えるとただのありふれたラブソングだ。僕は当時本気で彼女を好きだったから一生懸命作っていたが、今冷静に曲を聴いてみると彼女の言う通りやはりとんでもなく酷いものだ。結局彼女があのとき何を思っていたかわからないし、そもそも彼女の事自体何もわかっていないのだ。僕は家に帰ってからあの曲をずっと弾きながら彼女の顔をずっと思い浮かべていた。


 外でギターを弾くのは久しぶりだった。とは言っても今日はここで路上ライブを演るわけじゃないし、練習をするわけでもない。ただギターを弾くだけだ。こんな風にただなんになしにギターを弾くのはずいぶん久しぶりだ。僕はただギターを弾きそしてあの歌を歌った。

「こんな曲とても聴けたもんじゃない!」

 突然あまりに懐かしいその声が耳に入った。僕はギターを止めて辺りを見渡した。しかし誰もいない。僕はもしかしたらと考えた。もしかして彼女が何処かから僕のライブを見に来たとしたら。僕は再びギターを抱えて弾きはじめた。



 

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