あまりに不似合いなシュチュエーションでうどんを語る
まるでアメリカの夜のような人工的夜景を眺めながら僕は一人うどんを啜っていた。全てが可視化された世界はあまりにも明るすぎて味気ない。まるでアメリカの夜。夜景を撮るために即席で拵えられたセットのように。
僕はうどんを啜る。小粋なバーのカウンターに座った僕は早速はなまるうどんで買ったうどんセットをカウンターに乗せて発泡スチロールのどんぶりに追加でもらった天かす生姜生姜をたっぷりとかけ、それからマスターに言って出してもらったポットでお湯を出して思いっきり啜る。うどんを食べている時だけ僕は僕でいられる。うどんこそこの全てが可視化された世界からの逃げ場だ。
「フッ、また勢いでうどんを食べちまったぜ」
と僕は笑う。マスターは僕に呆れ果てて早く酒を注文しろと怒った。だがうどんを食べてしまったからにはもう酒は飲めない。僕は酒はいらない。水だけでいいと言った。するとマスターはブチ切れていきなりさっさと店から出て行けと怒鳴って来た。僕は普段クールなマスターがいきなりどうしたんだと訝しんだが、ふと考えてもしかしたら彼は更年期障害にかかっているのかもと思った。だから僕はうどんのどんぶりをマスターが洗っていたグラスにつけて「乾杯」と声をかけて店を出た。
バーを追い出されて僕はうどんのどんぶりを持ったまま街を彷徨いた。フン、まるで迷惑な酔っぱらいだぜ。僕はアルコールじゃなくて天かす生姜醤油うどんに酔っているのさ。人間ってやつは弱いものだ。現実から逃げるために酒に逃げる連中がいる。その酒からうどんに逃げる僕ってやつもいる。僕は駅前の噴水で孤独にうどんを食べる。この人口都市の書割のようなつまらない背景を見ながら。
その時、あたりにふんわりとした香水と天かす生姜醤油うどんのいい匂いが漂ってきた。僕は思わず顔をあげた。そこにはは持ち帰り用のはなまるうどんを手に取った女性が立っていた。彼女は僕にこういった。
「ひょっとしてあなたもバーに天かす生姜醤油うどん持ち込んで追い出されたの?」
そうだと僕は答える。彼女はそんな僕に笑ってこう言う。
「私達アル中じゃなくてうどん中毒ね。いや、テン中と言っていいかな?天かす生姜醤油うどんの頭をとってテン中。いい名前だとおもわない」
僕はいい名前だと笑う。彼女もそれにつられて笑う。僕はこの薄っぺらな町でようやく人間らしい人に出会えた。
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