見出し画像

最後の乗客

 汽車が終点の駅で止まると車掌は車両の見回りを始めた。とはいってもこんな雪国の田舎町の駅である。乗客さえ乗るのが珍しく乗り越しの客など滅多にいない。だから彼はいつも決まり事だから仕方なくやっていた。この便が終われば列車を車庫に入れて今日の業務は終了だ。だが雪に埋もれた人里離れたこの田舎町は終電も早い。そうして車掌は適当にその辺を見て早く切り上げて運転手に報告しようと思っていたその時、壁際の目立たない席に男女二人連れが寝ているのを見つけたのだった。二人を見つけた瞬間、車掌はとんだ邪魔が入ったと思わず舌打ちをしたが、座席で寝ている二人があまりにも似ていることにびっくりして思わず声を上げた。その声に反応したのか二人は目を覚まして車掌に尋ねた。
「ここはどこですか?」
 見ると二人ともまだ子供だ。こんな年端も行かない子供が何故こんな人里離れた田舎にまできたのか。車掌は乗客に答えた。
「あの、乗り過ごしちゃったのかな?この電車もう終電なんだよ。残念だけど電車はこれで終わりなんだ。戻りたいのだったら駅前に交番があるからそこまで……」
「いえ、大丈夫です。ここが僕たちの目的地ですから」
 男の子が決然とした表情で言った。そして女の子を支えて二人で立ち上がりそのまま列車から降りた。
「おい、ホントに当てはあるのかい?」
 と車掌は二人の後ろから尋ねたが、二人は何も答えず夕闇の中に消えていった。
 しばらくして車掌の元に運転手がやってきて今降りた客について尋ねた。
「ありゃなんだい?まだ子供じゃないか?」
「知らないね。多分顔がそっくりなところから見ると双子の兄妹だろうな。だけどなんでこんな所に……」

 兄妹は駅を降りると夕闇の家々の奥に黒くそびえ立つ山へと向かった。兄は時折咳き込む妹の背中を擦りもう少しだからなと励ました。妹はそんな兄にもう少しでお母さんに会えるんだよねと微笑んだ。兄妹は山へと深く入りもう駅には戻れないところまで入り込んでしまった。さっきまで止んでいた雪は急に強くなり、二人の体に纏わりついてくる。兄妹は母のところまでもう少しでいけると確信した。夜は深まっていくのに温かい光が兄妹を包み込む。兄妹は立ち止まりとうとう来たんだと跪いた。お母さんやっとここまできたよ。僕たちずっとお母さんを探していたんだ。お母さん、お兄ちゃんが私を連れてきてくれたの。私が病気で歩けないからってお兄ちゃんが俺もついていくからって。お母さんずっと会いたかったよ!

 翌日のことである。地元の猟師から駅前の交番に山の中腹で子供が二人死んでいると通報が入った。警官は猟師を連れ立って現場に向かったが、そこで彼らが見たのは跪き祈る透き通るほど白い兄妹の遺体であった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?