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文学

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文学関連の記事集めました。
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記事一覧

カラーテレビの普及とサイケデリックロック

 ふと思ったのですが、ビートルズの最初の頃の映像ってみんなモノクロですよね。アイドルバンド扱いされていたころの映像って殆どモノクロじゃないですか。それって多分当時カラーテレビがほとんど普及してなかったからだと思うんですけど、でもそれがある時期からカラー映像がメインになっていくじゃないですか。音楽的なイメージ的にも同じようもんで、デビューからまぁ『ラバー・ソウル』あたりかな。適当ですけど私はこの辺までのビートルズにモノクロのイメージを持っています。モノクロでスーツなんか着て礼儀

画家を上手いと褒めるのは適切なんだろうか

 私は前々から画家を上手いと褒めるのに違和感を持っています。時たま行く展覧会などでそういう言葉を耳にするたびに頭45度に首を傾げようとして勢い余って首がもげそうになります。いや、画家が上手いの当たり前じゃんとつまらなくて盛り下げる、先年イギリスで流行ったらしいワイアットする的なつまらないツッコミをしてやりた口なります。これがピカソとかに言われていたら素朴な誤解だとその無邪気さがむしろ微笑ましく思えるのですが、どう見ても下手ではない、むしろパッと見て上手い事がわかる画家にさえこ

うろ覚えで書いたフランス文学人名辞典 

十九世紀以前 フランソワ・ヴィヨン 犯罪者にして偉大なる抒情詩人ヴィヨンがその堕落の半生の悔恨を綴った詩はフランス抒情詩の始まりを告げるものであった。太宰治に彼を題材にした『ヴィヨンの妻』がある。 フランソワ・ラブレー ルネッサンス時代の人文学者・作家。小説『ガルガンチュワとパンタグリュエル』で当時の世相を風刺した。本国フランスよりもむしろ海外で研究されている。ミハイル・バフチンやマイケル・スクリーチの優れた研究書がある。 ピエール・ド・ロンサール ルネッサンス時

国書刊行会についてとりとめもなく語る

 国書刊行会は私の初恋そのものだった。今まで新潮文庫や岩波文庫、その他の文庫や単行本の行儀のいいお話だけが文学だと思っていた私は神田の古本屋でいきなり国書刊行会の洗礼を浴びせられてしまった。国書刊行会は芥川龍之介や太宰治なんかお呼びもつかないほど野蛮だった。国書刊行会を知ってから太宰の「死ぬ気で恋愛しないか」なんてセリフが気恥ずかしくなった。なんて子供だったんだろう。太宰なんて国書刊行会の黒光に朱色のフォントでデザインされた函本の函以下の価値しかないってことに気づいたんだ。恋

真・光る君へ

 今日本で最も有名なダイエット講師村崎志木子は運命に導かれるように紫式部へと転生してしまった。貧乏貴族藤原宣高はある朝この月の世界の住民かと思えるほど珍妙な格好をした女にお父様おはようございますと言われ、腰が抜けるほど驚いた。娘なんて昨日までいなかったはず、だがこの女の言葉には無理やり信じざるを得ないほどの説得力があるし、この女を女御にでもすれば出世の道も開けると確信し、この女を娘と認め、早速朝廷に売り込んだ。  朝廷に出仕した途端に紫式部は大変な評判になった。年寄りたちは

最終講義

 今、この某有名私立大学の講堂でフランス文学専任の桂川紀夫の最終講義が行われていた。桂川は同世代の学者のように単著を出さず、マスコミにも出なかったが、しかし彼は誰にでも気前よく単位をくれるので学生たちの評判は大変よく、単位目当てで人がわんさか講義に駆けつけた。その桂川も今季で定年のため退官する。  ただいま行われている最終講義も彼の退官を惜しむ生徒たちで埋め尽くされていた。正直に言って学者としては何の実績もなく、教員としても袖の下とコネで教授となったことぐらいしか語ることの

ドイツ風メロドラマ

 かつて永遠の愛を誓った恋人もいざ結婚してみたらただのつまらない男だったというのはありきたりな話だ。だがありきたりであるが故に深刻な悩みでもある。  ドイツのフランクフルト市のウィーンマンションに住むグレーテ・Kもまたそのような悩みに囚われていた。恋人だった頃はジャガイモのようにブサイクでソーセージ未満のものしかぶら下げていないグレゴールを愛しもしたが、いざ彼と結婚してみるとそれらの欠点全てを嫌悪するようになった。グレーテはとうとう顔を合わせることすら嫌がるようになり、朝は

文体の構成でわかるあなたの性格

 グッドアフタヌーン、ねぶた祭り。アフタヌーンと書いて何故かねぶた祭りの事を思い出しました。まるでシュールレアリズムの自動筆記みたいですね。ブルトン、アラゴン、ダリ、エルンスト。なんか調子に乗ってシュールレアリズムの芸術家を並べてみました。  まぁ、こんなどうでもいい前置きはこの辺にしてさっさと本題に入りましょう。今回の記事はズバリ文体から読み取れる人の性格についてです。人は文章を書く際自分の書きたい内容、相手に伝えたい内容、表現したい内容を書くためにどうすればそれを効果的

小説『ヴェクサシオン』(Vexations) ~延々と繰り返される男と女の会話について

 いや、と僕は思わず声を上げた。彼女は僕という人間をまるで信用していなかった。僕の言葉も、僕の気持ちも、そして僕の愛も。 「ヤリたいだけなんでしょ?あなたはいつだってそう。そんな一週間前から作って完璧に清書しましたって感じの薄っぺらな言葉がどうして信じられると思う」  ガクンときた。どうして彼女はここまで僕を信じられないのだろう。さっきからずっとこんな調子だ。このまま延々と僕は840回ぐらい同じ言葉を繰り返さなきゃいけないのか。 「ラーメン冷えてるよ。私のこと口説いてい

死体解剖としての芸術鑑賞

 さてもうすっかり忘れたが、以前私は芸術の永遠性など幻想だとコメントに書いたと思う。まぁ、このコメントは少々言葉が足らなかったとは思う。私が芸術の永遠性が幻想だと書いたのは物理的なものではなくむしろその精神性である。  美術を例にあげてみよう。まずはルネッサンスの絵画についてだ。二十世紀の末にルネッサンスの絵画が大々的に復元作業が行われた。ダヴィンチやミケランジェロなどのルネッサンス絵画は描かれた当時に近い形で復元され、現在は我々はその絵画を鑑賞することができる訳だが、しか

海外文学おススメの十冊:七冊目『ロマン』ウラジミール・ソローキン

 ソローキンの小説で最初に読んだのは短編の『愛』だ。一読した感想を述べると私はこの短編を一種のギャグものだと思った。小説は老人らしき男が自分の過去を語っているのだが、何故か途中から工場らしき場面になりスプラッター描写が延々と描かれそして突然終わるものであるが、私はこれを読んでおこがましすぎるにもほどがあるが自分の書いてるしょうもない駄文に似ているなと思ったのである。  この記事で扱う長編小説『ロマン』はざっくり言うとこの短編の世界を思いっきり拡大したものである。作者はこの小

文学の授業『人間失格』

 今、国語教師史岳守は現代文の授業で太宰治の『人間失格』について語っていた。史岳は元々文学青年でしかも今授業で扱っている太宰治の愛読者であった。俺は太宰なしじゃ生きていけないとは彼から聞かない日は一日もないだろう。実際に彼は付き合った女たちにも太宰治を読むことを強制していた。彼は女たちが太宰を呼んでいるか試すために抜き打ちテストまでした。そこで90点以上なら合格で交際を続行。90点以下なら即刻別れた。そんな男だから当然生徒たちにも朝礼と終礼には抜き打ちで太宰テストを行った。こ

ザ・インタビュー

 剛堂堅伍は日本で一番のベストセラー作家であるが、同時にとんでもなく偏屈な作家として編集者たちから恐れられていた。この男は自他ともに認めるほど性格が悪く、そのせいで彼の担当の編集者の中にはノイローゼになって退職したものさえいる。  その剛堂をとある週刊誌がインタビューしようとしていた。偏屈の極みと恐れられ、性格が日本の作家でダントツに性格が悪いと言われる剛堂のインタビューは細心の注意を持って行わねばならない。ある大手新聞の記者が以前彼のインタビューを行ったが、インタビュアー

海外文学オススメの十冊 六冊目:いいなずけ アントン・チェーホフ

 チェーホフといえばまず『桜の園』をはじめとする戯曲について触れなければいけないのだろうが、演劇をろくに知らず実際の舞台を観てもいない私がそれを語っても無意味だと思う。なので小説の方を語ろうと思うが、では何を語ればよいかとあれこれチェーホフの作品を思い浮かべるとまず思い浮かんできたのは『いいなずけ』である。  この小説は結婚を控えた女性が生きる目的に目覚めて全てを投げ打って故郷を捨てて旅立つという話である。小説の舞台である田舎町の人々は皆無気力に苛まれている。主人公の女性ナ