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世界一地味な恋愛小説『小幡さんの初恋』のマガジンです!

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初恋の人はお父さんと同い年の人でした。 切なくて地味な恋愛小説ここに始まる。三十路女が初めて恋した相手は自分の亡くなった父と生年月日が全く同じ同僚であった。
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《長編小説》小幡さんの初恋 掲載分のあらすじ(随時更新)

 場所は東京近郊にある小さな町の小さな会社のビルである。金曜日の午後の16時にパートの楢崎さんが帰ってしばらくすると小幡さんは終業時間に向けて行動を開始した。大きな図体のズングリとした制服から長い首を突き出して立ち上がる小幡さんを見て隣の席の鈴木はまるで亀だと思う。終業時間になり、外回りの社員が戻って事務所のものも集まって来て久しぶりに大口の契約を取った岡庭を称える。社長も出てきて岡庭を称えて祝勝会をやろうと言い出すが、そばにいた弟の専務から赤字だから無理だと断られる。それに

《長編小説》小幡さんの初恋 第三十回:小幡さんの同級生

 さてそれから日は流れて木曜日になった。朝鈴木はいつも通り事務所に入り、近くにいる従業員たちに挨拶をしながら自分の席へと進んだのだが、席の近くに何人か人が集まっていて妙に盛り上がっていた。それで鈴木は何事かとそこに近寄ると、なんと小幡さんがあのカメのような制服を着ておらず、白のシャツとジーンズという非常にラフな格好だったのだ。自分が会社に入ってこの二年間、小幡さんが事務所に普段着で来た事は一度もない。他の連中もそれが珍しかったのか、小幡さんに今日はどういう風の吹き回しだとかい

《長編小説》小幡さんの初恋 ~登場人物紹介~ ※随時更新

小幡良子:本小説の主人公である。年齢は30才。みんなから小幡さんと呼ばれている。谷崎商事の事務で経理と庶務と人事を全て兼ねる内勤の実質的なリーダー。社員は皆会社がなんとか保っているのは小幡さんがいるからだと思っている。父を小学校時代に亡くしているが、その父のなくなったショックと母が父の生前から不倫をしていたと知ったことがトラウマになり心を閉ざしてしまう。母の不倫相手との再婚後東京に引っ越すが、東京ではひとりも友達が出来なかったと彼女は語っている。真面目で一見明るい人間に見える

《長編小説》小幡さんの初恋 第一話:プロローグ

 パートの楢崎さんは自分の終業時間が来たのでPCを閉じると片付けを始め、それが終わると事務の小幡さんとその隣の鈴木の所にやってきた。彼女はまず白髪頭の鈴木に向かって「また来週ね」と年に似合わぬ可愛い声で言ってウィンクをし、そしてひっつめ髪の小幡さんと明日は孫がくるから大変などと軽く会話を交わした後、彼女は事務室にいる他の社員たちに向かって「皆さん、お先に失礼します!」と軽くお辞儀をしてから事務所から出ていった。  楢崎さんが帰ってしばらくすると、先程からずっとPCとずっとに

《長編小説》小幡さんの初恋 第二話:小幡さんと鈴木 その1

 小幡さんの本日二度目の説教を浴びた社員たちは、夕方に小幡さんがセットしておいた入り口付近のトレイに各々の日報を提出し、入り口手前で立っている小幡さんに申し訳無さそうに一礼してから次々と帰っていった。その社員たちを「来週もよろしくな!」と声をかけて見送っていた社長と専務は社員が粗方捌けたのを見て小幡さんの所にやってきて、さっきは悪かったと二人して小幡さんに謝った。専務はそのまま無表情で社長に家に帰ると言って出ていったが、社長はそのまま残り、さっきのコロナの件について言い訳がま

《長編小説》小幡さんの初恋 第三話:小幡さんと鈴木 その2

 鈴木は小幡さんから承諾を得るとすぐに入力作業を再開した。鈴木のタイピングは決して早いとは言えないが丁寧だった。彼は何度も画面を見て、自分が入力した情報と、今机に広げている社員の交通費の書類と金額があっているか照合していた。そして全ての入力が終わると鈴木は小幡さんに向かって言った。 「やっと終わったよ。いやあ済まないね。待たせてしまって」 「待つなんてとんでもないです。ホントに助かりました。このまま漏れを見過ごしてたらそのまま入金処理されてみんなに交通費振り込まれてない

《長編小説》小幡さんの初恋 第四回 小幡さんと鈴木 その3

 鈴木は小幡さんと一緒に帰るのが初めてであることに気づいた。いつも彼は定時に帰り、小幡さんは残っていたからだ。ここは電灯がぽつんといくつかあるだけの暗い道である。あたりには空き地と木に囲まれた鳥居があるだけだ。そんな道を鈴木は例の亀の甲羅みたいな制服を着た小幡さんと歩いている。このまま黙ってこんな暗い夜道を黙って歩いていたら変に思われそうだ。鈴木はそう考えて小幡さんにずっと前から聞きたかったことを思い切って聞いてみた。 「あの、小幡さん。その制服毎日家から着てくるの?」

《長編小説》小幡さんの初恋 第五回:週末のパプニング その1

 春のうららかな日差しがさす中、何故か鈴木と小幡さんは土手を歩いていた。時々小幡さんが花を指さして「鈴木さん見て」と笑顔で言う。鈴木はその小幡さんを見て同僚とこうやって二人きりで会うのもいいなとにこやかな気持ちになった。再び小幡さんが今度は花を手に持って鈴木に向かって満面の笑顔で言う。「お父さん、お花よ!うちに持って帰りましょうよ!」おおっ、今度は僕が君の父親代わりをするのかい?難しい注文だな。君のお父さんの事は全く知らないから。それから小幡さんはしゃがみ込むとつくしん坊を引

《長編小説》小幡さんの初恋 第六回:週末のパプニング その2

 鈴木は早速資料を取り寄せて土地へと向かった。とはいっても高速だと一時間もかからずに行ける土地であった。高速道路を走る車はビル街を抜けて、こじんまりとした下町を抜けた。と急に一面の畑と空き地が開けてきた。あのネットの広告で見て自分が感じた事に間違いはなかった。ここはアメリカ。移民の国、他人同士の街だ。  この両川に挟まれた場所にある市は全体が一面の開けた平地で、東京のように坂は全くない。確かに空き地や畑が多いが、新築や古い住宅も当然あり、建築中の家もあったりする。コンビニや

《長編小説》小幡さんの初恋 第七話:気まずい二人

 月曜日に事務所で再会した鈴木と小幡さんであったが、土曜日のあのプールの一件があったせいか挨拶は妙にぎこちなかった。鈴木はあのプールの出来事の後で小幡さんと土日合わせて四回も偶然ばったり出くわしている事が気になり、彼女がそれに全て気づいていて、自分をストーカーのように見ていたらどうしたらよいのかと絶望的な気分になった。小幡さんはいつもよりずっと口数が少なく意図的に鈴木から目を背けている。鈴木はこの沈黙に耐えられず、今度の日曜日に息子が来るんだと小幡さんに話しかけたが、小幡さん

《長編小説》小幡さんの初恋 第八回:近づいてゆく関係

 その日の午後は平穏無事に過ぎた。鈴木は昼休みから帰ってから仕事を再開した。午後の業務が始まり、やがて楢崎さんが時間通りに帰った後、小幡さんはいつものようにトレイとタイムカードのセッティングを始めた。そんな小幡さんを見て内勤の社員の一人が含み笑いをしていたが、それは恐らく小幡さんを亀に重ねているからだろう。鈴木はその社員に目配せして注意した。しかし社員が笑うのも仕方がない。つい一昨日までは自分もそのように思っていたのだから。だけど何故小幡さんはあんな亀みたいな制服を着ているの

《長編小説》小幡さんの初恋 第九回:木曜日

 丸山くんの新人歓迎会を明日に迎えて小幡さんは通常の義務と歓迎会の準備の準備のためてんてこ舞いであった。席のセッティング、歓迎会が行われる、旅館こと社長の自宅へ来てもらう居酒屋とのメニューと、見積りの最終調整。そして昨日で締め切られた参加者の席の割り振り。傍目に見てもその大変さは伝わった。鈴木は業務の方を手伝うと小幡さんを助けようとし、いつも一人で頑張る小幡さんも流石に助けが欲しかったので、じゃあ少しだけお願いしますと鈴木に自分の仕事を分けたのであった。鈴木は昨日公園で一緒に

《長編小説》小幡さんの初恋 第十回:新人歓迎会当日の椿事

 そして金曜日になった。今日は丸山くんの新人歓迎会が行われる日である。すっかり忘れていたが今回の歓迎会は久しぶりに大口の契約を取った岡庭の祝勝会でもあった。社長はいつもの朝礼でいつもの昨日の営業報告やらの後で歓迎会の事について話した。 「それと今日は歓迎会があるから出来る限り業務を早く終わらせること。いつまでも仕事やってる奴がいたら日報破いて今日の仕事自体なかった事にするからよろしく!」  この社長の締めの言葉に社員から笑いがちらほら起こった。それから専務が続けて言った。

《長編小説》小幡さんの初恋 第十一回:新人歓迎会開始

 新人歓迎会の会場である社長の皆が旅館と呼ぶ自宅の大広間には、先ほどから社員たちが各自に割り振られた席に座って歓迎会の開始を待っていた。小幡さんと鈴木は参加者全員席に座っているのを見てどうにかなったと顔を見合わせて微笑んだ。  二人は今回の飲み会が初めて社長の自宅で行われる事になったせいで、さまざまなトラブルに見舞われた。まず小幡さんが居酒屋と酒類と料理類の置き場所で揉め、そのせいで社員の誘導が遅れ、仕方がなく小幡さんの代わりに鈴木が会場への誘導をする事になったが、社員たち