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小説|8番ゲートのファン達|二回「ナックルキャバ嬢の憂鬱」 #1

二回|ナックルキャバ嬢の憂鬱 #1


わたしは地元広島の高校を卒業し、上京して都内の看護専門学校に通った。看護の専門はだいたい3年。遊ぶお金はそんなになかったけど、都会の生活は刺激があって楽しかった。

3年生の夏、赤羽でナンパしてきた男と付き合った。
2歳年上のホスト崩れ。ダメ男はわかっていたけど、当時のわたしには行き当たりばったりの彼と一緒にいる時間がキラキラして楽しかった。
そして、絵に描いたようにお金だけ取られて消えた。

わたしには借金が残り、池袋のキャバクラでバイトをはじめた。
学校はなんとか卒業できたけど、借金もまだ残っていたし、どっちがお金になるかは歴然。
絶対に選んではいけない道ってわかってたけど、本指名の常連がそこそこついていた。

別にトーク力も営業力もある方じゃない。
そんなわたしがどうして指名されていたか。

わたしは野球に詳しかった。

ーーパパは生粋のカープファン。
子供の頃にマツダスタジアムに何度連れられて行ったかわからない。その前の広島市民球場の思い出もある。

パパは前田智徳が好き。
孤高の天才バッターと呼ばれるもアキレス腱を断裂。足を引きずるように必死にファーストへ走る姿に、焼酎のグラス片手に泣いていたパパ を覚えている。
もしかしたら今もYoutubeで動画を探しては泣いているかもしれない。

小学生のわたしは少年野球チームに入った。
パパに入れられたわけじゃなく、仲の良かった近所のお姉ちゃんが先に入っていて、一緒にいられると思ったから。

お好み焼きをいつも2人前はぺろっと食べ、ぽっちゃりしていて男子に負けないパワーもあったわたしはピッチャーをやった。
小六の時には100kmもでた。
でも、成長期を迎える男子にはやっぱりかなわない。男子に負けたくないことがモチベーションだったから、女子チームに入ることもなく小学校の卒業と同時にすぱっと辞めた。

その後、「ナックル姫」と呼ばれる女子選手をテレビで見かけるようになった。
男子の選手と一緒にプレーする女子のプロ野球選手。わたしよりも身体が小さいのにナックルボールを投げる。

ナックルボールって、無回転で投げることで予測できない変化をさせる魔球のこと。
相手バッターだけじゃなくボールを受けるキャッチャーにとっても予測できない。このナックル姫は小指を立ててボールに付けない不安定な握り方で投げる。
でもパパ譲りで手は大きい方だったわたしは、「もしかしたらできるかもしれない」と思った。

その投げ方を生み出したウェイクフィールドというメジャーリーガーの動画を何回も見て、パパ相手に握りからフォームまで毎日繰り返して練習。するとボールの回転数も減ってフォームも安定し、少しずつナックルボールが投げられるようになった。

だからって野球チームに戻ろうとは思わない。
試合とかコーチとか何のプレッシャーもなくパパの構えたミットに無心で投げ込む日々が楽しかった。

そんなわけで野球経験者に加えて2000年台のプロ野球事情には特に詳しい。あの頃は巨人と中日が毎年優勝争いで、カープはずっとBクラス。
でも、新井さん、謙二郎さん、黒田さん、東出さん・・・役者は揃っていたんだから。
あと、琢朗さんがベイスターズからカープに来てくれた時は嬉しかった。チームが変わっても応援歌が変わらない選手って他にいる?そのくらいファンに愛されているのを感じた。

野球好きのおじさんからしたら、家族にも会社の女の子にも通じない話がわたしとは盛り上がる。東京ドームや神宮にもよく連れて行ってもらった。

でも、店でトラブった。

ヘルプで入った先輩のお客さんが私を気に入った。
すでに本指名がいる人の客を取るのはタブー。だから自分の客にしようなんて思わなかったのに、ある日その先輩からキレられる始末。
じゃあ少しくらい野球のこと知っとけよ!
ーーなんて言えるはずもなく店に居づらくなって辞めた。
もう池袋にも飽きてたし、ここを離れたかった。

そして2019年現在。
地元の友達サキが上京して住んでいる横浜に居候中。
京浜急行の南太田駅から歩いて10分ほどの2DK。
サキが彼氏と住んでいた部屋だけど、別れて向こうが出ていったタイミングでわたしがちょうど良く転がり込んだ。わたしも家賃を負担するのでサキにとっても悪い話じゃない。池袋の時に住んでいたアパートの家賃を考えればここは充分すぎるくらい。

仕事は野毛のキャバクラ。結局慣れてるキャバ嬢はもう少し継続。

野毛ーー。桜木町と言えば聞こえがいい。

桜木町って面白い駅。
JRの改札口を降りて左の海側に行けば観覧車や赤レンガ倉庫とかがある、誰もがイメージする横浜「みなとみらい」。
でも逆に改札口を右に出ると、そこからもう雰囲気がちょっと違う薄暗いエスカレーターを降りて地下通路を抜けて再び地上に出ると、そこはディープな歓楽街「野毛」。
昼間から営業している居酒屋が立ち並び、週末になればJRAの建物に続々と人とお金が吸い込まれていくし、キャバクラや風俗、さらに大きな看板を掲げたストリップまである。

こうも同じ駅で表と裏の違う街があるだろうか。

また、店のお客さんはカラオケで山崎まさよしという人の桜木町がでてくる歌をだいたい歌う。
でも、その桜木町は「みなとみらい」なのか「野毛」なのかで、主人公がまるで違う。
わたしは野毛の方が人間味があって好きだな。

今のお店はハマスタがある関内にも近いし、野球好きのお客さんも来る。
しかし、わたしは野球の話題を封印した。
野球に関してはまったく興味ないフリ。そうしないと、また同じことが起こると思って怖かったから。

それでも、星の輝きを消すくらい夜空を明るく強く照らすスタジアムの光は、ギラギラした街のネオンやどんなに豪華なシャンデリアよりもはるかに眩しいーー。

(#2に続く)


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