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小説|8番ゲートのファン達

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「だから私はスタジアムに足を運ぶ。」それぞれの生活や人生の途中で気づけばこの場所にたどり着いた、十人十色の野球ファン達を描いたオムニバス形式の小説。
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2021年12月の記事一覧

小説|8番ゲートのファン達|三回「琥珀色の沼の住人」 #4

(前回まではこちら) 三回|琥珀色の沼の住人 #4 最後にやることは決まっている。 八回裏の販売終了とともにミズキのビール樽に残っているビールを全部買う。 アイドル現場の「鍵閉め」ならぬ売り子の「樽閉め」だ。ミズキにも、最後に俺のところへ来るように言ってある。 俺は31通路から席に戻ると仲間のひとりが俺に言った。 「向こうにすごいのいたぞ」 奴が指さした方のはライトスタンドのもう一つの通路である30通路の方、そこに俺のようにカップを大量に積み上げてる男がいたというのだ

小説|8番ゲートのファン達|三回「琥珀色の沼の住人」 #3

(前回まではこちら) 三回|琥珀色の沼の住人 #3 こうしてズブズブと俺は売り子沼の住人、いわゆる「売り子厨」となった。 席もシーズンシートを買っていつも同じ場所に俺がいるようにした。彼女たちにとってもその方が来やすい。また外野席の上段は常連濃度が高いので知り合いも増え、俺はライトスタンドの一角で有名になった。 悪評で有名なのは自分でもわかっている。いつも売り子にせっせと貢いでいる様子を見て「あいつまたやってるぜ」って笑ってんだろう。 誤解しないでもらいたいが試合や野球

小説|8番ゲートのファン達|三回「琥珀色の沼の住人」 #2

(前回まではこちら) 三回|琥珀色の沼の住人 #2 最初のうちはそこそこテレビにも出ていて名の知られたメジャーなグループを追っていた。 しかしある時、結成したての「キャンディープリズム」というグループを知った。 キャンディープリズムは15〜19歳までの6人組。名前の通りキャンディーの味担当があってその中の18歳、メロン味担当のRihoにのめり込んだ。 「キャンディープリズム」略して「キャンプリ」。現場に行くことは「キャンプ行く」だ。 CDリリースといってもインディーズ

小説|8番ゲートのファン達|三回「琥珀色の沼の住人」 #1

三回|琥珀色の沼の住人 #1 「全部ちょうだい!全部!!」 ヤバい、最高の展開だ! 今日はヤクルト戦、今永ーライアン小川のエース対決。 しかし今永が四回に山田に2ランを打たれると、七回には代わった須田が連打を食らい3失点。 一方ベイスターズはスコアボードを見ると七回まででたった2安打。八回裏を迎えて5-0。 今日は負け負け、しょっぱい試合だ。そう思っていると、倉本がタイムリーで1点返し、続くクワが粘って四球を選んで満塁になった。 割れんばかりの大声援で迎えられた梶谷

小説|8番ゲートのファン達|二回「ナックルキャバ嬢の憂鬱」 #4

(前回まではこちら) 二回|ナックルキャバ嬢の憂鬱 #4 わたしの胸がざわついた。 これはスピードガンコンテスト。 ナックルを投げてどうするの。 でも、投げたって誰にもわからない。それなら投げてみたいーー。 試合当日まであと10日。 自宅のある南太田の駅から5分ほどのところに大きな公園がある。 そこでわたしはサキ相手にキャッチボールを始めた。グローブとボールは広島から上京したときに持ってきたもの。 東京で頑張ろうと決意した、わたしのお守り。 まずは肩慣らしに普通にキ

小説|8番ゲートのファン達|二回「ナックルキャバ嬢の憂鬱」 #3

(前回まではこちら) 二回|ナックルキャバ嬢の憂鬱 #3 わたしは、横浜公園の噴水を横目にしながら8ゲートから入るライトスタンドが好き。 お客さんと行く場合は内野のお高い席。 この外野席でビール 飲みながら観戦するひとときが、何も考えずに一人を満喫できる空間。 またコンタクトじゃなく眼鏡をかけているから、もしお客さんや知り合いがいてもたぶん気づかれない。 それにしても外野席って上の方になると常連濃度が濃くなる。試合中でもあちこち移動しては話しているし、試合ちゃんと見ろ

小説|8番ゲートのファン達|二回「ナックルキャバ嬢の憂鬱」 #2

(前回まではこちら) 二回|ナックルキャバ嬢の憂鬱 #2 8月の日曜日、昼営業のアフターでハマスタに行った。 しかもカープ戦。 お客さんは40代後半のTさん。 わたしには「30代の時にIT系の会社を立ち上げた」と話している。 でも、お店の別のコのお客さんから伝え聞いた話では、実家が地主なので遊んでても暮らせる不動産収入があるらしい。 お店では野球に興味ない素振りだけど、暑くなってきたし「一緒にビール飲みたいな〜」とか言えばこっちのもの。 席は内野指定Sの最前列。ちょう