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初恋の焼鳥道場


中学生のとき、好きな男の子がいた。

いつもふざけてばかりいて、ちょっと反抗期の野球少年だった。クラスのムードメーカー的存在感だけど、女の子に対しては不器用ですごくシャイな人。


付き合っていたのかそうでないのか、よく分からないようなレベルの恋愛だった。勉強や宿題の合間にメールのやりとりをしたり、毎日ではなくてときどき一緒に帰ったりするだけ。

手もつながないし、名前で呼ばないし、相手は私の目すらあまり見ない。どこかへ遊びに行くとかそういう、デートらしいデートなんてしなかった。

照れくさいから、いつも同じ方向を見て話す。向かい合って、目と目を合わせて座るなんていうことは、あの時の私たちにはとてもハードルが高すぎた。

ただ、同じ方向を見て、くだらない話をして笑うだけだった。


私たちのファーストデートは、学校から駅までの帰り道。

私も相手も電車通学だったけど、路線が違った。だからいつも、駅の改札前でバイバイする。改札前で少しおしゃべりして、時間になるとそれぞれの改札へ向かう。「じゃあね」って言うときの相手の顔は、今も少し思い出せる。


冬、駅前のベンチに座って話をするのは寒かった。だから、温かい食べ物と飲み物を買って、食べながら話した。

駅前に「焼鳥道場」っていう焼鳥屋さんがあった。うちの学校の生徒たちにとっては、そこで焼鳥を買って、歩きながら食べて帰るのが定番。お店の中でお酒も飲めるし、店の外からテイクアウトもできる感じのお店だ。

好きだった子と焼鳥を1本ずつ買って、温かいお茶を飲みながら一緒に食べた。

何をしゃべっていたんだろう。最近洋楽が好きだとか、今日あいつがこんなこと言ったとか、先生のストッキングが伝線してたとか。そんな、他愛ないにもほどがあるようなことばかりだったと思う。


たった数十分の短い時間を、小刻みにチラチラ時計を確認しながら、残りの時間を数える。あと20分しかない。あと10分…あと5分…。

そのたった30分くらいの時間がとても嬉しくて、寂しい時間。帰る電車をもう1本遅らせようかなって思ったけど、そうしたら相手もそうするよって言ってくれるに違いなかった。

でもそれはちょっと迷惑かなって思って、あきらめる。もう少し一緒にいたいなんて、中学生の私に言えるセリフじゃない。向こうがそう言ったら、そうだねって言えるんだけど。


そんなことを思いながら、ホームにやってきた電車に無理やり乗って、家に帰る。また明日すぐに会えると分かっているし、メールだってできるのにね。全然私の目なんか見ないし、好きだとかどうだとか、そういう甘い時間では決してなくて。ただ、そこにふたりで座っていることだけが、精一杯のデートだった。


だからね。

帰ってきてから、泣きたくなっちゃった。

だって、家に着いて手を洗うとき。

洗面台の鏡をふっと見たら



ほっぺに焼鳥のたれがベッタリついていたんだもん。




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