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鳴釜神事(吉備津神社)を体験してきました

朝、お気に入りのピアスを鏡を見ながらつけていると鏡越しに視線を感じた。少し離れた所に伏せている犬が上目遣いの凄い目つきで見ている。
私は衝撃を受けた。私の見ていないところでこんな目つきしてるの? その恨めしそうな目は言葉を発さずとも明らかにこう言っている。
「私は朝の散歩も行けずにお留守番なのに、お洒落してどちらへお出かけですか~!」

先程まで雨が降っていて、犬を散歩に連れて行けなかった。だが今は止んでいる。まるでその事も解っているような目つきだ。
私はピアスを着けるのをやめた。散歩に行ってから出かけよう。30分遅れても充分間に合う。
お洒落着(色が褪せてない服)を脱ぎ捨て普段着に着替えていると、犬の顔が輝いた。いつものボロい服に着替えたってことは‥。凄い勢いで尻尾を振っている。

いつものように公園でボールを投げ、犬のストレスを発散させてから家に戻る。鏡を見ると帽子を被ったせいか髪に妙な癖がついているが仕方がない。私は素早く着替え、犬に留守番用のおやつを与えて家を出た。

新幹線の切符を買うのも久しぶりだ。前に買ったのはもう10年以上前だ。駅の切符販売機ではドキドキしたがシステムは以前と変わっておらず、岡山までの往復の乗車券と特急券(自由席)を買い、無事に新幹線に乗ることができた。

今回の吉備津神社への一人旅は数日前に会社の先輩から鳴釜神事の事を聞いたのがきっかけだ。私がいつものように職場で『月刊ムー』で仕入れた知識をひけらかしていると、先輩が「不思議現象といえば‥」と切り出した。

「岡山の吉備津神社に鳴釜神事っていう神事があって、釜の前で祈祷するんだけど、願いが叶うときには釜がぼーっと鳴るらしいけど知ってる?」
「えっ、初めて聞きました‥」

お隣の岡山県にそんなワクワクスポットが? ネットで調べてみると、その神事は湯を張った釜の上にセイロを置き蒸気の上がる状態にしておく。そしてセイロの中で器に入れた玄米を振ると鬼の唸るような音が鳴り響く。その音の長短強弱で吉兆禍福を占うというもので、室町時代から続いているものらしい。とても不思議で興味深い。是非行ってみたい。

家に帰って一緒に行こうと夫を誘ったが、反応が薄い。あまり興味がないようだ。夫も私と同じ『ムー民』だと思っていたが、どうも形だけだったようだ。

私は少し悩んだ。鳴釜神事は『死ぬまでにやりたい事リスト100』に入るだろうか? うん、入る。
「じゃあ、私今度の平日の休みに一人で新幹線で行ってきてもいい?」
「うん、いいんじゃない」

こうして一人で岡山にやってくることになった。新幹線の切符購入も初めは不安だったが、やってみれば全然一人で出来るし、人につきあってもらう申し訳なさもなく快適だ。本当にやりたいことは一人でやるに限る。

新幹線が岡山駅に着いた。在来線の桃太郎線の発車時刻まで30分程あったので新幹線口の待合室で缶コーヒーを飲んでからホームへと向かう。私は最寄りの駅から岡山駅までの切符しか買っていなかった為、吉備津駅に着いてから精算機で不足分の運賃を精算するつもりでいた。だが桃太郎線ホームでのアナウンスで両替は電車内でする事、降車駅で乗車運賃を調べて切符回収箱に運賃を入れるように言っている。精算機もない無人駅なのだろうか?

着いてみるとやはり吉備津駅は無人駅で精算機も見当たらなかった。私は岡山までの切符と現金210円を切符回収箱に入れて改札を出た。

改札を出ると、皆左折して歩いていく。観光地は人の流れが一方的でわかりやすい。私も流れに従い左折して数分歩いていると、大きな灰色の鳥居が見えてきた。だが神社はまだ見えない。

吉備津駅から約3分

しばらく歩くと駐車場が見えてきた。そしてその先にやっと神社へと続く階段がある。吉備津駅からここまで徒歩10分というところだ。意外と近い。

吉備津神社到着

階段を上ると授与所を通過し本殿に行きつく。ここでお賽銭を入れてお参りをした。本殿は中には入れないが、QRコードを記した看板がありそこで中の様子をスマホで見ることができる。

本殿
(右端にQRコードの記された看板があります)

本殿に向かって左手に祈祷受付がある。こちらの写真も撮りたかったのだが、巫女さんたちが映ってしまうので止めておいた。こちらで祈祷や鳴釜神事の受付を行う。ここがちょっと注意すべきところなのだが、鳴釜神事を希望する際には、祈祷申込書に記入し、且つ「鳴釜神事を希望します」と口頭で伝える必要がある。祈祷を受けた後に鳴釜神事を受けるシステムになっているのだ。初穂料は3,000円~50,000円まであり自由に選ぶことができる。ちなみに鳴釜神事を受ける事での追加の料金はかからない。

祈祷申込書
スマホ版祈祷申込書(後から気づいた)

私は初穂料5,000円の欄に丸をつけ、祈祷趣意(お願い事)の欄に迷った挙句に『note創作大賞入賞』と書いた。漫画原作部門で応募した『Blood of HIVAGON』の受賞祈願である。これで大丈夫ですかと巫女さんに聞くと、ご丁寧にも神官の方に尋ねに行ってくれた。神官の方は小さく頷いている。恥ずかしい。私は顔が熱くなった。

鳴釜神事を希望する旨を伝えると、祈祷殿で祈祷を受けた後に、祈願のお札を持って御竈殿(おかまでん)へ行くように告げられる。祈祷殿の中に入るとそこには待合のソファーがあり、中には既に10人程の方が座って祈祷が始まるのを待っている。

御祈祷殿

15人程が集まったところで祈祷が始まった。住所、名前、お願い事等を神官の方が読み上げて行く。県外から来られた方もちらほらいる。私の順番が来て、お願い事を皆の前で読み上げられるのは恥ずかしかったが、もう腹を括るしかない。

祈祷が終わると祈願のお札を持ち、予め教えられた御竈殿へと向かう。御竈殿へは長い回廊を渡っていく。途中で廊下は右に分かれており、そこを曲がった突き当りに御竈殿はあった。

御竈殿へと続く長い回廊
こちらで右折すると突き当たりに御竈殿が
(御竈殿は撮影禁止なので写真はありません)

中をのぞくと巫女の方が中におられ、祈願のお札を渡して中で座って待つよう案内された。目の前のかまどには木の枝が焚べられ、パチパチと軽やかな音をたてている。その音を聞いているだけで心が安らぐような気がした。そして巫女さんはこれから行われる神事の手順について、丁寧な説明を始めた。

巫女さん曰く、竈の音は人によっては後ろの方から聞こえてきたり、皆が聞こえていても一人だけ聞こえない場合もある。もし音が鳴らなくても、お願い事が叶わないという訳ではなく、まだその時期ではないという意味もあるので、決して悪い事ではないと。そして竈の音について鳴ったかどうかはこちらからはお伝えしないので、自分の心で感じ取って下さいと。

その説明を聞いているのは私一人である。皆さん遅いなと思っていたら神官が来られて鳴釜神事が始まった。
(えっ?もしかして私一人?)

さっき祈祷の時には15人位いたのに、鳴釜神事を受けるのは私一人だった。鳴釜神事の事を皆さんご存知ないのだろうか? 私一人だけの為の神事はすごく申し訳なく感じたが、そのために広島から新幹線に乗ってきたので胸を張って受けよう。

神事の内容についてはここでは書けないが、とても神秘的で感動的な体験なので、是非皆様にもお勧めしたい。

さて、神事の結果だが竈の音は高らかに鳴った。しかもすっごく長く。私は感動して涙が出そうになった。

この竈の前で昔からどれだけの人が頭を下げて祈ったのだろう。夫や恋人が無事に戦から戻ってこられるように。家族の病気が治るように。この竈の音を聞いて皆ほっとして嬉し涙を流したに違いない。それに比べて私の望みは‥‥うん先は言わないでおこう。

夢心地で神事の余韻に浸っていると、猛烈にお腹が空いてきて現実に引き戻された。とりあえずなにかお腹に入れよう。確か駐車場の側に食堂があった気がする。

吉備津神社そばの食堂

こちらで桃太郎うどんを頂いた。温かいうどんである。鶏肉、団子、卵、山菜など具沢山で出汁が美味しい。因みにこちらの食堂では冷たい麺類の扱いは無いらしいので、冷たい物を所望の方はソフトクリームをどうぞ。この日もきび団子付きのソフトクリームが飛ぶように売れていた。

桃太郎うどん1,550円(2024.6月現在)

うどんを頂きながら吉備津神社のホームページを見ていると、この神社の敷地はかなり広く、沢山の社がありいろんな花も植えられていることに気づく。よっしゃ、昼から一番近い一童社とあじさい園だけ回ろう。だって暑いから‥。

御祈祷殿そばの階段から一童社へと向かう。こちらは学問、芸能の社である。

一童社

こちらでお賽銭100円で「アイデアと文章が泉のように湧き出ますように」とお願いする。

一童社からあじさい園へと続く道
あじさい園

吉備津神社に着いてから、鳴釜神事が終了するまでまで約1時間かかった(待ち時間を含む)。私が訪れたのは水曜日だったが、観光客の方は少なく写真も撮りやすかった。因みに毎週金曜日は鳴釜神事は行われていないようなのでご注意を。他にもご祈祷がお休みの時があるようなので、訪れる際には吉備津神社のホームページでの確認をお勧めする。

充分満足したので帰路に着く。岡山駅でお土産の『むらすずめ』二箱とままかりを購入して新幹線に乗った。

家に戻ると16時過ぎだった。まるで仕事から戻ったフリをして家に入ると犬が飛びついてきて私の口元をペロッと舐めた。さすがだ。うどんの出汁を嗅ぎつけている。

犬が散歩バックをチラチラ見ている。「お前はいい思いをしたのだから、即散歩に連れて行け」という強い圧を感じて、私はリードを手に取り散歩に向かう。ほんとは少し休みたかった。足、パンパンなんだけど‥。お土産、むらすずめじゃなくてきび団子にしてこやつを子分にすれば良かった‥。今はまるで私の方が子分だ。

夕方仕事から帰ってきた夫に鳴釜神事の報告をした。夫は私の話を羨ましそうに聞きながら、「今度、わしも行こうかな」と言った。
そして私に向かって「宝くじ4億円当たるようにお願いして来たんじゃろ?」と言ってきた。私が自分の願い事を言うと「えー、勿体無い」と呆れた顔をしている。

夫よ。今度一人で行き、皆の前でその願いを晒して恥をかくのじゃ。その上きっと竈の音は鳴らないであろう。私はままかりを齧りながらニヤリと笑い、ビールを飲んだ。




















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