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「社会適応能力」って、なんだろう。

「私には“社会適応能力”がないから、
会社で働けない」


よく、友達や知人と「働き方」や「生き方」の話をするのだけど、その中でこういうことを言う人が、時たまいる。

そんな彼女たちの話をよくよく聞いてみると、


「満員電車に乗りたくない」

「毎朝早起きして
規定の時間に出勤するのが嫌」

「残業してまで
(あるいは身体を壊してまで)
仕事をしたくない」

「上司やクライアントから
理不尽なことを言われるのに
耐えられない」

「苦手な人にニコニコできない」

…etc.


「こういうことができない私は、
社会不適応なんですよね」

と、最後にまとめる。


それらができた方が良い、できなかったらダメなんてことを言うつもりは毛頭ないけれど、私はいつも首を傾げてしまう。


“社会適応能力”って、
満員電車に乗れることなの?

朝、規定の時間にちゃんと
出勤できることなの?

夜遅くまで仕事できることなの?

身体を壊してまで働けることなの?

理不尽を我慢することなの?

苦手な人とも我慢して働くことなの?

それができたら、
“社会適応能力”があるってことになるの?

それができないと、
“社会不適応”になってしまうの?


私は、違うと思う。

そもそも、“社会適応能力”ってなんだろうか。




私は、本当の“社会適応能力”とは、我慢せずに自分の意見を伝えられること、ちゃんと自分を大切にできること、なんじゃないのかと考えている。


満員電車に乗れること、時間を守って出勤できること、残業すること、大人しく上司の言うことを聞くことができる人には申し訳ないけれど、それらができるからって、“社会適応能力”があるとは、言えないと思う。


たとえば、上司や同僚、クライアントから理不尽なことを言われた時。「私はこう思う」って伝えられた方が、我慢するより良いのではないか。

自分の意見が通らなかったとしても、伝えることで「この子はこう思ってるんだな」と、相手に“わかって”もらえる可能性が高まる。何もせずに、身体に我慢を溜めていくよりはずっといい。それに、意見を伝えることで、次回からは検討してもらえるかもしれないし。

もちろん、自分の意見を角を立てずに伝えるのは、最初のうちはむずかしいだろう。でも、それができるようになるのも、能力のひとつではないか。

以前、この記事にも書いたけど、私は自分の環境が良くなることを諦めたくないと思っている。少しでも可能性があるなら、それに賭けてみたい。


それから、体調が悪い時や予定がある時。「今日は帰ります」って言えた方が、我慢して仕事するより良い。

「具合が悪いのに」「今日は楽しみにしていたイベントがあるのに」とか心の中で文句を言いながら仕事をしていても、イライラは解消されないし、それこそ身体に悪いんじゃないだろうか。

具合が悪いので、用事があるのでって言ってみたら、大体の人がOKすると思う。ごく稀に、残業せずに帰ることを咎める人もいるけど、たぶんその人も我慢しているだけだから、気にしなくて平気。みんな帰りたいなら早く帰れば良いのに。



ありとあらゆる理不尽な状況を我慢することが、社会適応能力だとしたら、会社員の溜まりに溜まった“我慢”で、やがて日本は爆発するだろう。

これから社会に出る若者たちに、「社会適応能力=我慢する力」だなんて絶対に思ってほしくないし、我慢できないからって、そのせいで上手くやっていけないからって、自分を社会不適応だと責めないでほしいと思う。

生きている以上、人と関わることは避けられない。だからこそ、「自分の意見をちゃんと伝えられる」「自分を大切にできる」社会適応能力を身につけることが大切なのではないか。

私は自己主張が激しくて(笑)、自分の意見を結構口に出しちゃうタイプだけど、まだまだたくさんのことを我慢しているし、無理して残業しちゃうから、全然自分を大切にできていない気がする。

だから、これからの会社員生活の中で、自分を大切にする能力をちゃんと身につけていきたいと思う。

我慢しないで、心地良く生きていくために。



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コメント (18)
はじめまして、腹立つという検索ワードから、流れ着きました。

金言をありがとうございました。

明日からも、また仕事に行けそうです。
◎社会非適合さん
note読んでくださってありがとうございます。
コメントもうれしいです^^

「腹立つ」というワードで!笑
この出会いに感謝です;;

金言だなんてありがとうございます。
お仕事、無理されないでくださいね^^
これだけ変化が激しくロールモデルを探ってる社会で「社会不適合」というのがそもそもなんだろうと思うことがあります。

自分の考えを伝えても聞く耳を持たず、そのこと自体無かったことにしてその人を徹底的に無視したり、自分の思う通りに動かないからと人格否定を始める組織があったらそこから逃げるのも一つの選択だと思います。

日本では逃げる事は悪いことと捉えられることが多いですが、逃げる事はとても勇気がいること。私の場合は逃げて正解でした。

「不適合」ってどうやったらもっとお互いが生きやすくなるのかって課題を見つけられたことなのかもしれません。自分や相手が持ってる良い所を見つけあって認め合えるチームづくりっていろんな所で始まってるんですね。「自己肯定感」もその一つで。

だから、不適合をあげつらうんじゃなく全部わかり合うことは無理でもじっくり互いが語り合える場を増やしていけるといいなぁと僕自身は思います。
◎塚田慎吾さん
noteを読んでくださってありがとうございます^^
コメントもとてもうれしいです。

確かに、とても変化に富んだこの時代で、
何をもってして「適合」というのかは難しいですよね。

人格否定する組織、めちゃめちゃ怖いです。。。
これからの時代は、そういった組織はどんどん糾弾されていくと思います。
対話をすることでわかりあい、認め合っていけるチームこそが伸びていく気がします。

つい「逃げる」とネガティブな方向で表現していしまいますが、
私は「自分に合う場所に行くために移動した」と考えます。
いつまでも合わない場所に定住する必要はありませんから。
自分に合う場所を探して軽やかに移動できる人が増えていけばいいなと思います^^
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