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水を見ると入りたくなる衝動

前々から思っていたけれど、私には、水を見ると飛び込みたくなるという癖がある。

20代前半の若い頃から、あれ、と思っていたけれど、水浴びをすると元気になるという自分の特性に気づいていた。勉学や遊びに励んでくたくたになっていても、シャワーを浴びると、体が水からのエレメントをスポンジのようにしてしゅわーっと吸い上げるようにして、元気が出てくるのである。何か分からないけれど、芯からしゃっきり。風呂に入ると眠気が飛ぶというやつとはちょっと違う気がしていた。

もう一つ、20代後半になって気づいたことは、月光の下で散歩をすると、元気になるということだ。日光浴ならぬ月光浴で、私はしばしば夫と一緒に月の下を歩いたものである。大体はほろよいで、何もないアメリカの砂漠の中の町をひょろひょろとあてもなく。しばらく歩いて家に戻ると、なんとなくスッキリした。

水と月というのは自分にとって、相性がいいものなのかもしれない。漠然と思っていた。色んな占いやらを見ると、私はどうやら「火」の性格であると出る事が多くて、火のように色んなことがくすぶると、水とか月とかの「静」のイメージのエレメントを入れてあげると、落ち着くのかもしれないなあ、そう考えたのを覚えている。

子供と一緒にいると、水と触れ合うことが多い。夏場は特にプールや水遊び。真冬でも一緒にあったかい風呂に入りながら、やっぱり水遊び。夫婦二人で暮らしていた時より格段に水と接することが多くなった気がする。

水と戯れてきゃっきゃと遊び回る子供たちを見ていると、楽しそうだなあ、いいなあ、と思う。そして、たまに居ても立っても居られなくなってくる。「私も入りたい」とそう感じると、体がムズムズし始めるのである。ムズムズ、という表現がしっくりくる。

あの水の動きを肌で感じたい。そう体が話し始める。

あの春の葬式でもそうだった。最近の葬式の会館というものは、お通夜が終わって次の日の葬式を迎える夜の間、家族が泊まれるように整備が整えられてある。これは、日本の葬式会館の常識なのかもしれないけれど、私にはちょっとした驚きだった。

祖父が亡くなり、親がそこで泊まろうとしていた。そのうちの家族の部屋には、家族が泊まるための布団や、トイレも風呂も備え付けられていたのである。まるでホテルのよう!

お通夜が終わると、もう遅い時間だったこともあって、うちの親が、私の子供たちに向かってこう言ったのである。「遅いから、もうここで風呂に入ってから家に帰ったら?」葬式する場所で、風呂?なんかすごい体験!

うちの子たちは、ホテルが大好きだ。まるでホテルの様なその葬式の場所で思いがけずに水遊び・風呂ができるとあって、張り切って裸になると、風呂に入ってしまった。私はさすがに、自分はこんな所で裸になって入るなんてちょっと気がひけてしまうなあ、何しろ部屋の中にはじいちゃんが棺桶で寝ているし、と思いつつ、子供を見ていた。

見ていたら、やっぱり来たのである。あのムズムズと言う衝動。
私も入りたい。

非日常のことが続いて、疲れていたのもある。もう私だってここで風呂を済ませて帰って寝たい。でも、こんな場所で風呂入るなんて、子どもだったらまだしも、大人の私がどうなの?と思いながらも、もうあの衝動には勝てなかった。

きっと、私の中の火が水を欲したのだと思う。子供と一緒にじゃばじゃばと風呂で水で遊ぶと、なんだかすごくすっきりした。もちろんそこにはメイクとかも持ってきてなかったのだけど、なんだかもうそんな事はどうでもいい位に、私は水を欲していた。

「え?ママも入ったの?」と途中で親に驚かれ、「こんなところで風呂」と笑われたけれど、こんな目の前で水を見せたあんたのせいだと思いながら、「うん」と答えた。

ああ、さっぱりしたね、と子供たちと上がると、私たちは月を見ながら家路についたのであった。きっと、じいちゃんの計らいだった。多分。

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