見出し画像

ツバメと、あるカナリアの話

むかしむかしあるところに、読書とものを教えることが大好きなツバメがいました。

大きなビルや病院のある東の街から、少しあたたかくて小さな南の町へ。
緑の空気を胸いっぱいに吸い込んで、なんだかとても新鮮な気持ちです。

それもそのはず、ツバメはカナリアの学校でごく短い期間、ツバメがこれまでに見てきた広い世界のことを教える約束になっていたのです。

カナリアたちは、おしゃべり好きで歌が上手。
ツバメはこれからはじまる楽しい日々を想像して、胸の白い羽根をふくらませました。

「はじめまして、ツバメ先生!」
ツバメはカナリアの学校で、たいそう歓迎されました。カナリアの子どもたちは、みんな次々にツバメに話しかけました。

いや、みんなでは、ない?

ツバメは、席の止まり木に一羽止まったままのカナリアに気がつきました。

「こんにちは。」
ツバメはそのカナリアにさえずりましたが、カナリアたちはいっせいにこう言うのです。

「その子は、さえずらないよ。」
「声が出せないの、だからムダだよ。」

休み時間、フクロウ先生はツバメを呼んで言いました。
そのカナリア、サリナスは、もう2年もさえずらないのだと。

「ぼくも、何度も話しかけたし、口を開かせようとしたんだけどね。」
「理由があったのでしょうか。」
「わからないな、でも巣穴では少しさえずるみたいだし、みんな手を焼いて正直困っているんだ。みんな、もう話しかけないよ。」

次の日。
ツバメは、みんなにするのと同じように、サリナスにさえずりました。
「おはよう、サリナス。」

みんなは不思議そうです。
でもツバメは他のみんなと同じように名前を覚え、同じようにあいさつをしました。

「ツバメ先生、変なの。」
カナリアたちは口々にこういいました。
「ムダだっていったでしょ。」

ツバメは言いました。
「お返事はなくてもいいんだ。」
「どうして?」
カナリアたちは不思議そうに小首をかしげています。
「みんなは、話したくない時ってないの?」
「ないよ、どうして話したくないの?」
「お母さんや、お父さん、お友達とケンカした時にも?」
みんなは「あっ」という顔をしました。

「ぼくはね、自分が話しかけたくて話をしているんだよ。お返事はなくてもいいんだ。聞いてくれるだけでじゅうぶん。」
「ツバメ先生はそれでいいの?」
ツバメは答えました。
「いいんだよ。みんなも話したくないとき、話そうとしても気持ちがじゃまをするときがあるよね?それは自由なんだ。」
「返事がなくても?」
「そうだよ。同じ場所にいる、元気でいる、それだけでじゅうぶん。長い鳥生だもの、その中でさえずれないときがあっても、少しもおかしくなんてないんだよ。・・・・・・さあ、休み時間はそろそろ終わるよ。」

それから、カナリアたちはサリナスを「さえずらない子」と呼ぶのをやめました。遠巻きに見ているだけだったみんなが、かわるがわるあいさつをするようになりました。

ツバメがカナリアの学校を去る前の日、ツバメによる授業が行われました。
ツバメはたくさんのお話をしましたし、問題を出しました。みんなは次々に翼をあげました。
「はい、正解!みんなコーラス!」
だれかが正解するたびに、おめでとうのコーラスが鳴りひびきます。
「それでは次の問題!これはわかるかな?」

みんながいっせいに翼をあげました。
すると、「ええっ」「おお」という声がじわじわと広がっていくではありませんか。

サリナスが、翼をあげていました。
「はい、サリナスどうぞ。」
サリナスは小さな、でもたしかな声で答えました。それは2年ぶりのさえずりでした。
「正解!みんなコーラス!」
部屋中に大きなコーラスがひびきました。みんなうれしい顔をしています。

授業のあと、みんながサリナスにほほえみかけました。
そしてツバメはフクロウ先生に感謝されました。
「きみはすごいな。わたしにはどうにもできなかったのに。」
ツバメはちょっと誇らしい気持ちになりました。

あくる日、ツバメは約束どおり次の街へ旅立ちます。
あいさつをして、みんなと笑いあい、カナリアの学校をあとにしました。

 
 
次の町についたとき、ツバメは大変なことに気がつきました。ツバメはもう、みんなといっしょにはいられないのです。
あのサリナスは、どうしているでしょうか。

ツバメは思いました。
もしもサリナスが、ずっとサポートを必要としていたら?そもそも「もとどおり」であるかどうかなんてわからないのに?
あの小さな町に行く前、東の街には大きな病院があること、そこにはつらさをかかえた鳥たちをみてくれるお医者さんがいることを、ぼくは知っていたじゃないか。

サリナスの気持ちに、ほんとうに寄りそい、近づけたのだろうか?

ツバメははじめて、きちんとつなげることの大切さを忘れていたことに気づいたのです。
誇らしい気持ちになって、すっかりうれしくなってしまって、そのあとのサリナスについて考えがおよばなかったのです。

長い時間がたちましたが、ツバメは今でも思い出します。
ひとりで止まり木にいたサリナスのことを。そして、うかつだった自分のことを。

なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」