見出し画像

日曜、犬とドーナツ。

 もう随分前の話になる。
 とある穏やかな日曜日。のんびり街を歩いていると、道路の真ん中を爆走してくる犬が一匹。なんなんだあれは!
 車が来たら危ないなあと思って思わず呼んだら、わたしに向かって走ってくる。
 よく考えたら知らない犬だし、うわ大丈夫かこれ・・・・・・と一瞬たじろいだのだが、あっと言う間に爆速で来て「何なん?」といった顔をしている。うっすら汚れているものの、千切れたリードと鑑札もある。うん、この子は飼い犬に違いない。

 また走り出したら今度こそ轢かれちゃう。そう思って、咄嗟に持っていた焼きドーナツを千切ってあげたら、これがウケるウケる。すぐさま懐いちゃったのだ。キラキラした目でこちらを見ている。
 ──でも首輪をしてるし、多分逃げてきたのだろうな。
 預け先を考えながらとぼとぼと連れ歩いていたら、お話をしたことのある芸人さんと知り合いが一緒にロケをしているところに遭遇した。偶然が重なった。

 「ワンちゃん散歩ですか?名前は?」
 「いやこれウチの犬じゃなくて。」
 「またまた、懐いてるじゃないすか。」
 これは全員ボケたと思ってるな。
 「いやほんとに!」
 犬は相変わらずキラキラした目でこちらを見ている。ああ、これ本当に飼い主っぽいなあ。
 「えっ、なつめさん何やってるんすか。」   
 「ええと、そこで爆走してるのを捕獲しました。」
 これがウケた。ドーナツで犬を釣る女。でもウケている場合でもないのだ。何とかせねばならぬ。

 その場を離れ、てくてくと、傍目にはお散歩の不思議道中を再開。とりあえず最寄りの警察署に電話して向かった。保健所はお休みのようだったので、預け先としては妥当かなと考えたのだ。生き物は遺失物でいいんだよね?
 犬もいいんだよね?若干の不安がよぎる。
 
 警察官のお兄さんは我ら即席パーティーを一瞥すると、
 「理由を聞かせてもらえませんか。」
 むむう、雰囲気があやしい。
 どうやら今度は、懐きすぎで「飼い主が捨てようとしている」と勘違いされてしまったらしい。ただ保護をしただけなのに、お説教モード突入。当の犬はといえば、いつの間にかすっかりリラックスしちゃって足元でぐうぐうと寝ている。なんだこれは。
 
 「もう飼えないんですか?」
 「いや元々飼ってません。」
 「またまたあ、こんなに懐いちゃって。」
 それはまあ、懐いてはいるけれど。
 「初対面です!」
 「うーん、色々あるのはわかりますけどねえ、見たところもうワンちゃんもいいお年でしょ。家族じゃないですか。」
 「家族じゃないんですよ・・・・・・。」

 結局それまでの経緯を小一時間説明し、個人情報も明け渡してやっとわかってもらえたが、さらに届けを出すのに時間を要した。
 
 「この子、飼い主が見つからないとどうなるんですか?」
 「首輪もついてるからね、飼い主さんいるのはわかるけど。週明けにセンターかな。」
 こんなに人懐っこい子が処分されたら、あまりに悲しい。飼えない事情はあるものの、万が一飼い主が見つからなかったらすぐに連絡してもらえるよう念を押して、その場を後にした。
 バイバイ、どうか飼い主さんと再会できますように。

 日曜日、ただのお散歩のはず。貴重な休日の時間は矢のように飛んでいった。
 でも振り返ると、まるでコントのようだ。ちょっと可笑しい。噛み合わない会話、全力で懐く犬。食べそびれたドーナツ、ぐうぐうと眠るさま。
 あの子は今どうしているだろう。迷い犬の話を見かけると、いつも思い出してしまうのだ。
 
 
 

この記事が参加している募集

夏の思い出

なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」