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カジキの降る夜

寝袋の中で寝ていると
2匹の猫が入ってくる。
kは寝袋で眠るのが好きだった。
寝袋に包まれていると落ち着くのだ。

その日は雪の降るとても寒い夜だったので
kは顔も全部寝袋に入れて
お腹を隠すようにくるまって寝ていた。

しんしんと雪の降り積もる音が
部屋の中まで聞こえてきた。

すると何時ものように猫も一緒に入ってきた。

kの家には2匹の猫がいる。

1匹は額にmと書いてあるキジトラ柄の猫で名前は寅。
もう1匹は真っ黒な猫でしっぽが2つに分かれている名前は黒。

黒のほうはkがこの家に引っ越してきたときベランダにいた猫だった。

kの住んでいるマンションは7階に在るのだが
部屋の前には大きな楠が立っている。

7階には部屋が8つあり
南側に4部屋
北側に4部屋

4部屋はすべてベランダでつながっていた。

はじめは別の部屋の猫が間違ってkの部屋にいるのかと思っていたが
家主に問い合わせたところ
北側には今のところ誰も住んでいないと言われた。

「以前この部屋に住んでいた人が黒い猫を飼っていたが
もしかしたらその人の猫が帰ってきたのかもしれませんね。」

「帰ってきた?」

「はい。突然行方をくらましたみたいで。
部屋の前に大きな楠があるでしょう?
それをつたって脱走したのかもしれないっとおっしゃっていましたよ。
しばらく近所に張り紙をしていたのですが
戻って来られたかどうかまでは知りませんが。
もしお困りでしたらその猫はうちで引き取ります。」

その電話の後しばらく黒は姿を見せなかったが
1週間くらいしてまたkの部屋のベランダで過ごすようになった。

雪の降る寒い夜だったので
kはガラス戸をあけてみた。

黒は

「ニャン」
といって部屋の中に入ってきた。
よく見るとしっぽが二つに分かれ
目は綺麗な水色していた。

「綺麗な目だね。」
kが黒に話しかける。

黒はすたすたと部屋の中へ入っていく。
寝ていた寅は黒が部屋の中に入ってくると
ちらっと一度だけみて
そのまま寝てしまった。

黒とはずっと長く暮らしているような懐かしさを感じ
kは一緒に暮らすことにした。

kが寝袋に入ると
黒はkの左側から
寅は右側から入ってきた。

黒はごろごろ言っている。

猫と一緒に入る寝袋は
暖かさがぐっと増し
kはそれだけでうれしくて
幸せな気持ちになった。

しばらく寝ていたが
急に寒気がして
kは目が覚めた。

寝袋から顔を出すと空気がきーんと張り詰め
吐く息が白かった。

猫たちは寝袋の中には居なかった。

kは寝袋から出て
お湯を沸かす。

お湯が沸くまでの間
青い炎を見ていた。
コンロの中の炎はどこまでも青く
触れると一瞬冷やっとして
触れた指先から凍っていきそうだった。

ポコポコとやかんの中でお湯が沸き出し
湯気が部屋に広がった。

真っ白なマグカップにココアを入れて

ゆっくり
ゆっくり
飲んでいく。

ココアは甘くて寒さの真にしっかり届いた。

そしてkはもう一度寝袋に入った。

kの居ない間に猫たちは戻ってきたようだ。

覗くと暗闇の中で4つの目が光っていた

4つは2つになりkは猫をなでようと手を伸ばしたが感触に違和感を感じた。
猫のふわっとした感触では無く、ぬめっとしていた。
よくよく目を懲らしてみるとドロドロになったスライム状の液体が2個浮かんでおり
一つは目を光らせていた。

kは自分の身体もドロドロのスライム状になっていることに気がついた。
足の感覚も手の感覚もなかった。

kは今目を閉じているのか
目を開いているのか良くわからなかった。
目を閉じようとしても目を開こうとしても見える景色は一つだけだった。

寝袋の奥の方からずっと目を光らせていた黒が近づいてきたのが気配で分かった。
黒はkに近づくと

「ニャオン」
といって寝袋を出ていった。

ガラスを通り越し夜のお散歩に出かけた。
kはいつの間にやら黒に入れ替わっていた。

黒になったkはどこまでも高く飛べた。
楠に飛び移り ビルの屋根を次々に
近所を飛び回った。

夜空には沢山のカジキが泳いでいた。

ふみさんの家には大きな大きなカジキが居る。

ふみさんは
決まっていつもカジキの話した。

「カジキは海とつながっているから
カジキの中で海を見るの
今日の海はそれはそれはもう
穏やかでね。水色でね。とっても綺麗な海でした。」

その日の文さんの帽子も水色の毛糸の帽子だった。

黒は楠に登り
カジキにかみついた。
カジキは真っ逆さまに落ちていき
黒も落ちていった。

ほかのカジキたちも次々と落ちて
鋭くとがった針の口が地面に突き刺さり
地面がうねうねとうねりだした。

黒はスタッと地上に降り立つとカジキをキャッチした。

落ちてくるカジキを器用によけながら
急ぎ足で家に戻った。

kは何時も間にか寝ていたようだった。

朝起きるとぐっしょりと汗をかいていた。

やっと町に朝日が差してきたようだ。

楠が揺れていた。
葉は朝日を浴びて輝いていた。

窓際に来てみると
大きなカジキの横で黒が寝ていた。
2つに分かれたしっぽをくるんと巻き込んで
小さくなって眠っていた。

「カジキ・・・?
ふみさんのところのカジキ?」

「ニャッ」
と黒が返事をする。

カジキはゆっくりと呼吸をしており
目を閉じている。
どうやら深く眠っているようだった。

「ふみさんに返さなくちゃ。」

そういってカジキを抱きかかえようとしたが
鉛のように重かった。

「重い。」

どうやっても持ち上げることが出来ず
カジキをじっと見ていると
一枚一枚鱗がはがれていき
カジキの中には砂浜が広がっていた。
遠くに波が見えていた。
波はどんどん距離を縮めてきた。

kはカジキの中に手を伸ばしてみた。
波のしぶきが肌にかかった。

kはゆっくりカジキの中へと入っていき
海の中を泳ぎ始めた。

カジキはふみさんの言うとおり海につながっていた。

海の中で水色の帽子をかぶったふみさんが手をふっている。

kはふみさんの元へ行こうとしたが
ふみさんは足の先から火に包まれ
最後は火の玉となり
たちまち消えてしまった。

海の中には沢山の火の玉が泳いでいた。
ぼうぼうと発光した後には
消えてしまう。

kの右足は鎖でつながれていた。
その鎖をたどってkはぐんぐん潜っていった。

鎖は海の底につながっていた。
kは鎖をひっこぬいた。

すると海底には右周りの渦があらわれ
渦はkを巻き込み
下へ下へと潜っていった。

kが目を覚ますと
仄暗い長い廊下の真ん中にいた。
目線の先、正面は玄関。
奥は暗くて見えなかった。

玄関のいすには水色の毛糸の帽子が置いてあった。

「ふみさんの帽子。」

下駄箱の上には空っぽの水槽が置いてあった。

「パチパチ
とんとん
手の鳴る方へ」

廊下の奥から声が聞こえてくる。

kは声のする方へ歩き出した。
歩くたびにミシミシと音が鳴った。

声をたどってみると
そこはキッチンだった。

水道の栓が古いのか
水が
ポトン、ボトン
とシンクの上を流れていった。

いくつかの動かない影の中に
クラゲのようにゆらゆらとしなやかな
ふみさんがいた。

ふみさんは顔を伸ばしたり縮めたりしながら
大きな円を描きくるくるkのまわりを回っている。

パチパチ
とんとん
手の鳴る方へ

回転は速さを増し
床の底のからは
太鼓の音が響いている。

ふみさんが手を差し伸べてきた。
kがその手をとろうとした時
黒が飛びかかってきた。

「わあ」

バランスを崩してkは倒れた。

その瞬間ふみさんも影も消えて
あたりは仄暗くじめじめとした霧に包まれた。

kの周りには大きな水たまりがいくつも出来ていた。

霧の向こう側から
水槽を抱えた小さな女の子が
こちらに向かって歩いてくる。
水の入っていない水槽の中には真っ赤な金魚が2匹泳いでいた。

息が苦しい。

kは飛び起きた。

「はあ はあ はあ」

寝ている間に無呼吸になっていたようだ。

「クラゲのふみさんに会った。」
そうつぶやくと
黒が膝の上に乗ってきた。

「ふみさんって誰だっけ?」

そう言ってkはまた眠りについた。

パチパチ
とんとん
手の鳴る方へ

おいでおいで
こっちにおいで

ココはよいとこ
水の中

鬼がへそで茶を沸かし 般若が笑う
おかめとひょっとこはかくれんぼ

パチパチ
とんとん
手の鳴る方へ

玄関の椅子の上には
水色の毛糸の帽子が置かれていた。
その上で今日も黒は寝ている。


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