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日記

こわい部長にはじめてドキュメントレビューをしていただき、めちゃくそ指摘された。もちろんのこと再レビュー。 あんなにきちんとレビューしてくださるのはありがたい。非常に勉強になった。 でもやっぱこわいものはこわい。 会社で泣いた。でもばれてないことを祈る。 帰りにスーパーに寄った。グミでも食べて晩ごはんをすまそうとおもった。 でも、メンタルが崩れるのは肉体の健康からだとおもった。 母が、肉が苦手なので、滅多にたべないのだが、「たまに肉を食べると元気が出る。」と言っていたのを思い

    • ぼけてきたおじいちゃんが、「あと誰かいたよなぁ」と、いった。 親戚の集まりがだいすきだった。 私はいつの間にか一人っ子になった。 だいすきだった叔母と叔父は離婚してだいすきだったいとこもなかなか会えなくなった。 おかあさんのお姉ちゃんは今日は一人できていて小さいいとこはいなかった。その小さいいとこのお姉ちゃんは結婚してなかなか会えなくなった。 「あと誰かいたよなぁ」 みんないなくなってしまった。私の人生でここ数年がこの先何年生きようと一番不幸だ。 だれのことだろう。 一瞬息の

      • てきとうに歩いて、コンビニを見つけるまで帰らないゲーム

        家の近くではあるが、まあまあ引っ越してきたばかりなので、普段行かない方向へ歩いて、コンビニを見つけるまで帰らないゲームをはじめた。夜の景色は昼とは違うから、昼の顔はどんなだろう、と思いながらあるいた。 季節の変わり目が好きだ。 涼しくなって、寒さも感じるようになって、外に出るたびに新しい季節を感じてうきうきしてしまう。夏の夜も大好きだけど、涼しい秋の夜もだいだいだいすきだ。なんと言っても、寒くなるとあたたかいコーヒーがおいしい。これがどんなに幸福なことか。 今日座りたくて入

        • わかったこと

          なぜ私がミステリー小説を好んで読まないか ものをかくひとは、書かずに生きて行けない人であって欲しいとどこかで思っている。世界が許せないとか、どうしようもないとか、かかえきれない感情を持ってそれを吐き出す術として書くことを選んだような文章が好きなのだ。ミステリー小説には、思想が感じられない。ミステリー小説は学校的「頭の良さ」を楽しむものだ。だから私の好みに合わないんだなと気付いた。 もちろん優劣があるわけではなく、ただ私の好みの話である。 なぜ雑草の方が花屋の花よりも好きなの

          自己分析

          私は考えるのが趣味なので、とことん自分の感情や行動、習性を突き詰めて考えてみたりする。 たとえば、○○したいな、と思ったときに、なぜそう思うのか、ふと思考を巡らす。まあ、暇なのでしょう。 とことんまで正直に、まっすぐに、自分と向き合って認めたくないことも認めて、最終地点までたどり着くと、きれいな感情だけであるはずがない。だって人間だもの。 これは私のことであり、他のみんなのことでもあると勝手に思っている。 人間たるもの、美しい心だけで構成されているはずがないというのが私

          鬱のサブスク

          別にHSPではない

          最近流行っている言葉、HSP  5人に1人くらいいるらしく、相当数がかなり繊細な人間だそうだ。 かく言う私も、きっと自分はHSPだと思っていた。人がどう思っているか常に気になるし、気を遣いすぎて疲れるし、自分の意見を人に言えない。 繊細さんみたいな柔らかい言い方が気持ち悪くてどうしても好きになれない。 わざとらしすぎる、短所の個性への変換が逆に短所を強調している。 いい人優しい人アピールになんでもかんでも使っちゃうひとたち

          自分の短所を認識し、豪語しながら治さない人

          そういう人は、なおそうとおもってないし、悪いと思っているふりをしながら心のそこではそれを誇りに思っているから放っておいた方がいい

          ひとみしり

          私は本当にコミュ障で、みんながたのしくおしゃべりしていても、会話に入れず壁際でスマホをいじっているような人間だった。高校の休み時間は、一瞬自分の席を離れた隙にクラスメイトが私の席に座っていて、戻れなくなって休み時間に部活があって不在だった他の友達の机に突っ伏して寝て過ごしたし、文化祭の準備がある程度終わってみんなでウキウキおしゃべりしている中、1人で寝て時間を潰していた。 大学時代。たった3年かそこらしか経っていないのに、初対面でも仲良くなれる、友達の友達ともすぐに友達、人

          おとなになること

          ただカワイーと思ってきいていた音楽に寂漠を感じるようになる。 晴れたあおいあおい空を見ていて落ちて青すぎる暗闇に吸い込まれそうで怖いと思う。 感情の起伏がなだらかになる。 計算に計算を重ねて行動するようになる。 愛想笑いの笑顔が顔に張り付いてそれ以外の顔がなくなる。 自由。 自分の意思。 責任。 大人なんだから、しっかりしなきゃ。大人なんだからあれもこれも気を付けなくちゃ。 でもよくよく見てみるとみんなそんなに気にしていないみたいだ。「もう大人なんだからさ、」こんなつまらない

          生きていることに違和感がある。もうこれは小学生の頃からずっとだ。死にたいとかいきるのが辛いとかそんなんじゃなくて私には別の世界があったはずだと思う。間違えたと思う。この違和感はなんだろう。たまに布団の中の月の光もとどかない本当の暗闇で安寧の場所で全部が苦しくなってしまう。生きるのが辛いわけじゃないのに違和感はつきまとう。自分に対する理想が強すぎて現実が苦しいのかもしれない

          最近あった嬉しいこと

          ・駐車しようとしたら前の車にのってたおじいちゃんに応援された ・オバ会話デビューした

          よくわからん

          めんどくさいな~めんどくさいな~もっとかっこわるくなってくれないかなあかっこつけられると無性に腹立つ とことん私は普通にむいてない その癖、はみ出すことも出来ない フツーでつまらん人間の癖になぜか普通にむいてなくていっそ狂っちまいたいよ!自分のことをつまんねー普通の人間だと思いたくない年頃だよねえ

          自己中心的な人間が1番大嫌いで1番憧れている なにもかも中途半端で嫌になる そばにいてくれてありがとう だれもいなかったらとっくに死んでる でも死にたかったときも本当は死にたいんじゃなくて全部からにげて消えてしまいたくてその手段が死ぬしかなかったし消えたいって言葉もニュアンスがなんとなくちがくて、手段として死にたいっていってただけだ 本当に死にたい人っているんだろか、目的として死にたい人っているんだろか、いるとしたら死後に対する好奇心だったりするのかな、ポジティブに死にたい人

          不可視毒

          私が不幸でいないと都合の悪い人々がいる 私が不幸で、彼らは私の不幸を慰める。 私が幸福でいれば彼らは私の幸福を慰めることができないし、私が幸福であるということはそもそも彼らの道徳に反する。 そこには善意しかない。一方的に罪悪感を背負わされるのはこちらのみ。不幸でいるか、幸福で後ろめたさを感じるかが選択肢。向こうは善意で私を慰めるか、私が幸福なら怪訝な顔をするだけ。 不幸など外に出すものではないと思っているから誰にも見せない。外からみたら私は幸福で、内では不幸かもしれない。彼ら

          蜻蛉になる愉悦

          丈の低い草が生える開けた明るい場所で、突き出た枝先に止まるトンボをジッと見ていた。広くて明るい自然のなかでトンボになれたらどんなに幸せかと考えてジットしていたら、ほんの刹那にトンボになる愉悦を感じた。それは人間が広大な晴れた草原で何も考えずに寝転がる愉悦の何倍も澄んでいて興奮を孕みつつも穏やかで愉快な気分であった。 人間は草原で寝転がろうとも服を着ている。