場所日記をはじめます
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場所日記をはじめます

2020年に東京から静岡に引っ越した。その頃からずっと書きはじめたいと思っていた場所日記を、ついにはじめた。

私の仕事場の窓からは、賤機山(しずはたやま)という山が見える。その突端(先っぽ)に位置する静岡浅間神社は古墳もあって、きっとこのあたりに人が住み始めたころから、人々の心のよりどころになっていた場所なのだと思う。

浅間神社には漆塗りの建造物がたくさんあって、その数は全国的に見ても多いほうなのだが、ちょうどいま40年ぶりのお化粧直し、つまり漆の塗り直し工事をやっている。

つい先ごろお化粧直しが終わった楼門を、一般公開前に見学させていただく機会があった。塗りたての漆はまるで鏡のようにピカピカで、空や私が映り込むほどだった。

こうした補修工事はずっと昔から、数十年ごとに続けられてきた。そんな歴史のなかで、江戸時代に工事の現場監督(?)をしていた役人が書き残した「場所日記」という日誌の存在を知った。

工事の現場日誌としてはちょっと不思議な名前だ。この場合の「場所」はplaceというより、大相撲なんかでいう「場所」に近いのかな? と思ったりもした。

いずれにせよこの役人が「場所」という言葉の向こうに見ていたものは、”ここからここまで”と仕切った区画のようなものではない気がした。それは日々ゆらぎ、ふくらんだりしぼんだり、表情を変えながら歳を重ねる、生き物のような「場所」なのではないか。

私は「場所と物語」という活動をしている。だからそのとき、浅間神社の境内で、現場監督をつとめる江戸時代の小役人とカチリと目が合ったような、そしてなんだか相手がこちらに向けてニヤリと笑みを投げてきたような、そんな「目くばせ」を勝手に妄想したのだ。何百年もの時を超えて。

そんなわけで、数百年前の名もなき役人と、彼の書き残した現場日誌に尊敬をこめて、ここ静岡で「場所日記」という題名を引き継ぐことにした。松尾芭蕉も江戸川の治水工事の現場監督をしていたらしい。詩心のない私でも、案外、現場監督的に淡々と観察し書き残すまなざしにポエジーが宿ったりするんじゃないか。そんな期待もこめて。

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こんにちは、劇作家の石神夏希です。Hi! I'm Natsuki Ishigami, theater-maker.