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【小説】 物件探し -内見編-

「こちらの建物がお手元の資料の部屋のあるアパートになります」

そう案内された建物は、青い屋根に白い壁が映えるちょっとおしゃれなアパートだった。正面に据えられたアーチをくぐって階段を登り、2階へ上がる。部屋の前まで来ると、鍵を出してくるのでと一声かかり、不動産屋は降りて行く。毎回このやりとりの度に、最初から鍵を取りに行けない不動産屋を気の毒に思う。セキュリティ面で別々にしたいのはわかるけれど。もう少しどうにかならないか、などと考えながら見送る。妹も私もお隣さんの部屋のドアに飾られた正月飾りを見たりして暇を潰すが、取り残された廊下は古い灯りがそっと照らす以外は真っ暗だった。昼間だと言うのに薄暗い洞窟に入り込んだかのような気持ちになる。

「トトロのおうちみたいだね」

ふとした瞬間発した一言で顔を見合わせて笑った。まっくろくろすけが出てきそう。笑い声が廊下に反響する。不意にお待たせしましたと声がして振り向けば鍵を持った不動産屋が立っていた。かちゃりと開いた部屋にスリッパを用意してどうぞと案内される。灯りがついた部屋はすっかりリノベーションされて綺麗だった。床も壁もツヤツヤで、シンクはピカピカ。トイレもお風呂も磨かれてクリーニング後は本当に綺麗だなと思い知る。

「いい部屋だね」

そう彼女が言うと、不動産屋も重ねて説明を付け足す。立地場所がどうだとか、近隣にあるものはこうだとか。私は説明を聞く必要がないので部屋を歩き回ったり窓を開けたり扉を開けたり収納棚を覗いたりする。あちこち開けたり閉めたりすると色々見えてくる。壁はコンクリートに見立てた壁で、開けた窓からはラーメン屋が近いせいか少し油っぽい臭い匂いがした。人を選ぶ部屋だなと思い、窓を閉める。扉も閉める。

一連の場所や使い勝手を確認したり、写真や動画を撮り終えると、お隣の部屋を見ることになった。同じ建物の別の部屋も気になっていたからだ。ただ、案内される前に不動産屋からはあまりお勧めしないと一言入る。

「近年稀に見る汚さで、ここまで汚れたまま退去した部屋は初めて見ます。この後クリーニングが入る予定ではありますが、匂いがあまり改善されないかもしれません」

そう言われても、見てみないことには始まらない。二人とも汚れていてもいいですよと同意して入ってみることにした。しかし、扉を開けるとそこには信じられない光景が広がっていた。テレビで見るやつのテロップが頭に流れる。

「...」

「すごいですね」

少し間のあいた静寂の後、やっと絞り出せた言葉が「すごいですね」だった。すごいって便利。正直ヤバいの方が適切だったけれど。床は砂や埃で覆われ、以前住まわれていた方が吸っていたであろうタバコの匂いが部屋中を覆い、床板は剥がれ壁も全て剥がされた部屋なんて。廃墟としか言いようがないような、そんな部屋だった。

流石の不動産屋もたじたじで、ここまでひどいのは初めてだと告げる。そりゃそうだろうと思う。退去直後とは言え、私もここまで酷いのは初めて見た。まさに信じられない光景。ある意味、印象に残る。

内見している間だけでマスク越しに呼吸する空気が埃っぽいので早々に退散した。あらかた鍵を閉めたりスリッパを片付けた後、妹は黙ってしまい、私へ感想を求められた。

「いかがでしたか」

「そうですね、とてもじゃないけど住めないです」

その一言以外の何物でもなかった。


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