バックパスの競技規則の在り方と判断要素

2021年Jリーグ第26節コンサドーレ札幌vs名古屋グランパス35分のシーン。

名古屋の宮原選手がボールを後方に蹴り、GKランゲラク選手が手でボールを扱い、主審が一旦はバックパスの反則の判定をして笛を鳴らしたが、副審と交信して判定を覆し、ドロップボールで再開したというシーン。

広島氏による構成要件判断「キック」「意図的に」

日本サッカー協会トップレフェリーインストラクターの廣嶋氏からは

・「キック」⇒足首から下で蹴っているので該当
・「意図的に」⇒キッカーはGKに向けて蹴っているのではない
・よって、バックパスの反則を取らなくて正解だった

このように評されていました。

これは、競技規則の文言に忠実に認定している態度であり、刑法の構成要件充足判断や民法の要件事実認定判断と同じ思考方法を採っているのが分かります。

サッカー競技規則21/22 12条(100頁)
ゴールキーパーが自分のペナルティーエリア内で、次の反則のいずれかを犯した場合、間接フリーキックが与えられる。
ー省略ー
◦ 次のような状況で、ボールを手や腕で触れる。ただし、ゴールキーパーがボールをプレーに戻すため、明らかにボールをける、またはけろうとした場合を除く。
・ ボールが味方競技者によって意図的にゴールキーパーにキックされる。

よって、「相手競技者がボールを蹴っていたかどうか」という事情は、要件のレベルでは決定的ではありません。「味方競技者によって」の話でもありません。

「意図的に」:主観的要件の認定方法

主観的要件の認定は(本人が自認しているとしても)頭の中を読み取って再現するわけにもいかないから【客観的状況から推認する】という判断をします。

このシーンで言えば本来のパスの行先がCBだったのかGKだったのか。

考慮要素はいくつか思いつきますが

・キッカーの事前の状況認知の仕草(首振り・顔の向き・目線・声など)
・蹴られた瞬間のボールの方向
・ボールの強さ
・ボールの種類(バウンドか浮き球か)
・それが相手競技者の介在によって影響を受けたか
 ⇒ボールに触れて方向が変えられた
 ⇒身体に触れて体勢を崩した結果ボールの質に影響を与えたか、など

こうした「客観資料」を主審が認定した上で「意図的」ではないとした、ってのが厳密な見解になります。

「GKとCBが同一線上だったら?」

桑原学氏からは「GKとCBが同一線上だったら?」という思考実験として非常に有益な質問が出ていました。

今回のシーンで言えば「ボールの強さやバウンドなどの性質」が、まずは重要な考慮要素になると思われます。

その上で、「疑わしきは罰せず」という前提で処理され、バックパスの反則の判定を下さない場合が多いと思われます。

今回のケースの判断の仕方

・キックをした選手は一度CBの方向に顔を向けている
・ボールの強さはCBに対して適切
・GKに対するものだとすれば弱い
・相手競技者の足に当たっている

よって「意図的」ではない。

こういう風になると思います。

さて、前項の思考実験を踏まえると「意図的に」には、規範的な意味づけが必要で、本来望ましい規定の仕方があるんじゃないかと思うのです。

バックパスの反則規定の望ましい在り方と「意図的に」の規範的解釈

仮に今回のケースで

完全に相手競技者が関与していない場合

こういう場合にはどうなるでしょうか?

改めて状況をテキスト化すると…

本来はCBに向けてキックされたボールが、たまたま(GKが手でボールを扱える)PA内に渡ってGKが手で扱った場合(相手競技者の関与無し)

この場合はまず味方が「キャッチできる」とは言わないでしょうから、そういう事象が発生する可能性は限りなく低い。

しかし、競技規則の文言から考えると、この場合でもバックパスの反則の判定が取られない場合があり得ることになる。

これはおかしいですよね。

「GKにキャッチさせようとした」が「意図的に」の意味だとすると、おかしなことになります。CBに渡そうとして「キック」したが、たまたまPA内にボールが渡ったからといってGKが手でボールを扱ったという場合は反則ではなくなってしまいますが、それは明らかにおかしい。

よって「GK方向に向けられた」を「意図的に」に読み込むべきだと思うのです。そして、相手競技者の行為の介在は、「意図的に」の阻害要因になり得るというだけ、という位置づけ。

相手競技者の行為が介在していたら、それがGK方向に向けられたキックに寄与してるのか、それともそんなものは関係なく最初からGK方向に向けられたキックになっていたのか、という判断がなされることに。

したがって、競技規則の当該記述部分の望ましいものは…

・ ボールが味方競技者によって意図的にゴールキーパーにキックされる。ただし、相手競技者の行為の直接の影響を受けた場合はこの限りではない

このような書き方が為されると、より実態に沿った規定になるんじゃないかと思います。

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