桔梗さんといちごつみ

桔梗さんと100首でいちごつみをしました。
奇数がナタカ、偶数が桔梗さんで、桔梗さんの歌にいくつか感想をつけています。
(桔梗さんは旧仮名、私は現代仮名で詠んでいるので単語の表記は変わってます。)

1. 風の背を追う人だったいつだって先頭をゆく人だったから

2. はじまりと終はりの夏が過ぎてゆく 翼などない背骨が軋む 【背】

3. 翼持つものになりたいきみひとりくらいをちょうど包めるような 【翼】

4. なりたいものになれず終ひのわたしにはうつくし過ぎるクリームソーダ 【なりたい】
→クリームソーダは夏の憧れの象徴のようなところがあります。結句に置かれるクリームソーダという具体が素敵です。

5. 雪、ほのお、花、かき氷、夢、あなた 消えるものほどうつくしがって 【うつくし】

6. つぶやきに添へられてゐたまつしろな花の名前を知らせずにゐる 【花】

7. 今はまだ呼べないけれどあの星もいつか名前をもつ星だから 【名前】

8. 真夜中の庫内にきんと冷やされたサツポロビールの星を取り出す 【星】

9. 庫内灯ふつりと消えて寂しさを感じないのが寂しさですか 【庫内】

10. 目閉づれば消えてしまひし夢はありうつくしきかなしづかなる影 【消えて】

11. 私には私の嘘があり君の街には海があるらしいこと 【あり】

12. なだらかな丘を越えたら見えてくる海の手前にひかるLAWSON 【海】

13. 猫よけのペットボトルが気だるげにひかる家からカレーの匂い 【ひかる】

14. 乾いてゐるのはこころだらうか らんぼうにペットボトルのみづをあふつて 【ペットボトル】

15. チョコモナカジャンボを買ってらんぼうになりたいだけの僕たちだった 【らんぼうに】

16. ためらはず選んでしまふチョコミントアイスは夏の思想であれば 【チョコ】

→チョコモナカジャンボがチョコミントアイスとなって返ってくるとは。

17. ミステリの読みすぎでしょうこんなとき外が吹雪であればだなんて 【あれば】

18. 七月がもうすぐ終はる 読みかけの本に栞を挟んだままで 【読み】

19. 栞紐はらりと外すあかるさを信じて生きていたいと思う 【栞】

20. だんだんと無口になつてゆくひとの線香花火のあかるさくらさ 【あかるさ】

→この歌すごいです。相手が無口になって会話がなくなると、人はその分何かを見ようとすると思います。会話が減ってきて手元の線香花火に意識が向く。ぽつぽつとしか話さないことが、ぱちぱち爆ぜる線香花火に重なります。「あかるさくらさ」がすてき。

21. こんなにも無口なきみの舌でさえブルーハワイで染まるんですね【無口】

22. 桃剥けば桃の匂ひに染まる手を真夏の空に掲げてゐたり 【染まる】

23. 缶詰の桃くちびるに当てるとき桃へ移ってゆく熱がある 【桃】

24. つややかな果実の赤に塗りあげる 誰にも会はぬ日のくちびるを 【くちびる】

25. 誰のためでもなく咲いている花のように生きてはならないですか 【誰】

26. ふかくふかく息を吸ひこみもう一度過酷な夏を生きてゆきます 【生きて】

27. 宇宙から帰ったような目で起きてずいぶんふかく眠っていたね 【ふかく】

28. くちぶえを吹くのだらうねぼくたちはいつか宇宙へゆく日がきても 【宇宙】

→宇宙を摘んでこうなるとはー!と思って好きだった歌。宇宙へゆく日もくちぶえを吹いていたいですね。

29. くちぶえであなたが吹いていた曲が今でも風に混じって届く 【くちぶえ】

30. つまさきのやうやく届くみなぞこに真夏の影はゆらゆらとして 【届く】

31. 水風船の水ゆらゆらとゆれていたあっけなく散るその前までは 【ゆらゆら】

32. 夏空に咲く百日紅 散ることは終はることではないと思ひぬ 【散る】

33. 生きていること恥ずかしく手の中でぬくもっていくいろはすがある 【こと】

34. いろはすの白桃を飲む うつくしい思ひ出ばかりを語りあふ日に 【いろはす】

35. いつか忘れてしまうとしても思い出は薄紙のように重ねていたい 【思い出】

36. 薄紙に包まれてゐる一冊の歌集は夢を見てゐるごとく 【薄紙】

37. 群青のブックカバーに包まれてあなたのくれた本美しい 【包まれて】

38. 迷ひなく感情を口にするひとの群青の意思まぶしくありぬ 【群青】

→群青のブックカバーが群青の意思となって返ってきました!群青の意思!群青の意思……!!(すごくないですか、群青の意思。ゆるぎなき青。なんかもう何も言えないや……)

39. 感情にふたをするのが得意です 花のピアスをひとつ買います 【感情】

40. 固いふた自力で開ける方法を調べてしまふはうのひとです 【ふた】

41. どちらかといえば素直なほうなので眠れば水のような仰向け 【ほう】

42. まつくらな部屋に眠ればわたくしを苛むごとく秒針は降り 【眠れば】

43. 満月にありがとうって言っといてまっくらな道を照らしてくれて 【まっくらな】

44. いつもより遅めに起きて満月のやうなるハムをパンにのせたり 【満月】

45. ああこんなところに春野 てろてろのハムとキャベツをはさんだだけで 【ハム】

46. クリアファイルにはさんだ手紙いつだつて渡す用意はできてゐたのに 【はさんだ】

47. 拝啓 晩夏の候きみの手紙はみんな焼いたよ 敬具 【手紙】

48. ふかふかのホットケーキを焼いたからあなたのためにちひさく祈る 【焼いた】

49. ちいさく前にならえをすればきみの背は案外近くすいかの匂い 【ちいさく】

50. 立ち尽くすわたしをよそに水槽を幾度も過ぎる鯖のあをい背 【背】

→立ち尽くす主体と、そんな主体をよそに自在に泳ぐ鯖。詠まれている光景は大袈裟なものではないのに、どこか神秘的です。いつまでも鯖に追いつけない主体の瞳いっぱいに映っているであろう水槽の青と、鯖の青い背。

51. かなしみの遣り場はないさ僕たちは死ぬまであおい星に抱かれて 【あおい】

52. どうしても忘れてしまふわたくしにかなしみのやうに降る晩夏光 【かなしみ】

→【晩夏光】は普段自分では使わない言葉なので、ぜひこれを摘もうと思いました。

53. 晩夏光散らして回り続けろよ 回転木馬の白馬になって 【晩夏光】

54. どこまでも白馬に乗つて駆けてゆく夢を見てゐたころのわたしよ 【白馬】

55. 帽子から鳩つぎつぎと飛び立って泣かないでみんな夢なんだから 【夢】

56. しあはせが崩れぬやうにすこしづつ鳩のかたちのサブレの齧る 【鳩】

57. サンダルのかたちに焼けた両足が夏の遺産のように残った 【かたち】

58. 道端に脱ぎ捨てられたサンダルのひとはどこまで駆けただらうか 【サンダル】

59. もうやめよう どこへ逃げてもこの海に戻ってしまう僕たちだから 【どこ】

60. 明け方に逃げてしまつたてふてふの抜け殻だけがあはくひかりぬ 【逃げて】

→蝶の抜け殻って、光を通すと本当に淡く光るんですよね。

61. 彗星をきみも見たかい明け方の方へ長い尾で抜けるのを 【明け方】

62. この次はいつに来るのかわからない彗星の名であなたを呼べば 【彗星】

63. 「おいで」って言えば走ってやって来る雪だったから(ユキという猫) 【来る】

64. 炎昼にスマートフォンを操つて二月に降つた雪を取り出す 【雪】

65. 残酷ね 二月はいつも短くてかまくらはフェルマータのかたち 【二月】

66. かまくらの秘密基地にはもう二度とたどりつけないぼくたちだつた 【かまくら】

67. 二度と会わずにすむ人だけど生ぬるい風が吹くときふと思い出す 【二度と】

68. 生ぬるいコーラをすする めためたにやられた絵文字を送つたあとに 【生ぬるい】

→めためたにやられた絵文字。楽しい。この歌にめためたにやられました。これは【めためた】を摘まなくては、と思いました。

69. めためたになってしまった我々の夜中に食べるパフェのうまさよ 【めためたに】

70. 我々は宇宙人だと主張するひとたちばかりゐる夜だつた 【我々】

71. 昨日から家に天馬がいるんです冷たい色のあたたかい馬 【いる】

72. ぬばたまの睫毛にしんとしづもれる馬のまなこに星は冷えたり 【馬】

→枕詞が出てきたのでここは摘まねば、と強く思った。

73. なんて静かな二人っきりだぬばたまのカラスアゲハの羽化を見ながら 【ぬばたまの】

74. わたくしが引き止めたのにつぎつぎと羽化してしまひたる言葉たち 【羽化】

75. つぎつぎと朝に焼かれていく星のひとつも救うことができない 【つぎつぎと】

76. 華氏といふ単位を思ふゆふやみに紙いちまいが焼かれてゆきぬ 【焼かれて】

→美しい……。「華」という漢字に燃えるようなイメージがなんとなくあります。「昇華」(固体が液体を経ずに気体になること)という言葉の、立ちのぼるイメージからなのか、「か」という音が「火」を連想させるからなのか。

77. ゆうやみに指をひたせばあっけなく失ってゆく輪郭ひとつ 【ゆうやみ】

78. 感情の輪郭としてテーブルの上に転がる梨の実でした 【輪郭】

79. 幸せになってください椰子の実が無数に流れ着く海岸で 【実】

80. ざわざわと椰子のざわめく夜だからまぶたを閉ぢて星を数へる 【椰子】

→【椰子】を摘まれるとは……!

81. 繰り返し数えるけれど足りませんついに泣き始める羊飼い 【数える】

82. 足りません!足りません!!つて告げられる わたしのなかのあなた不足を 【足りません】

→まさか【足りません】を摘まれるとは……!

83. なかに希望が入っていると聞いていた箱を開ければあさがおの種 【なか】

84. をぢさんが種も仕掛けもないゆびでつぎつぎ猫をとりこにします 【種】

→突然のをぢさん……。必ず、【をぢさん】を摘まねばならぬと決意した。不思議なおじさんですね。前世は猫だったのかもしれない。それとも岩合さんみたいな人かな。

85. 南西の空におじさん座だなんてあなたの下手な嘘なんでしょう 【おじさん】
→自作なのですが一言。【をぢさん】を摘んだのですが現代かなにしてしまうと、【をぢさん】という言葉の持っていた可笑しみみたいなものが薄れてしまうと感じた。

86. 下手なくちぶえ 逆光にしづんでゐるけれど笑つてゐるね おそらく 【下手な】

87. あまりにも背負う光が強いからあなたはずっと逆光の中 【逆光】

88. 勇気とふ硝子扉を押してみる いつもよりすこし強い力で 【強い】

→勇気とふ硝子扉、なんて強く美しい表現でしょう。最初は【勇気】を摘もうと思ったのですがこれには勝てないと思い(べつに勝ち負けは無いのですが)、別の語を摘みました(そしたらうっかり【強い】を摘んでしまったのを桔梗さんに教えてもらって、作り直しました)。

89. いつも通りの最低な夏ぼくたちはさけるチーズをゆーんと裂いて 【いつも】

90. くりかへし読んだ手紙が雨になる  言葉を裂いてゆくシュレッダー 【裂いて】

91. 遠ざかる方舟に手を振りましょう地球最後の雨が降る日に 【雨】

92. ねむれねむれ夢のあはひを漂へるたましひひとつを方舟にして 【方舟】

→ああ、桔梗さんの短歌だなあ、私は桔梗さんといちごつみをしているのだなぁと改めて幸せを噛み締めました。初句のリフレインが気持ち良いです。旧仮名はやわらかさを出すのに効果的だなと思います。

93. たましいを買い足すようにきみの買うたばこはすんと白くてきれい 【たましい】

94. とほくまで行ける気がしてポケットに忍ばせてゐたらくだのたばこ 【たばこ】

95. 「月のない晩だよ起きて今夜こそらくだ掠奪大作戦を」 【らくだ】

96. たうとつにきれいなゆびが示したる先にはしろくしづかなる月 【月】

97. 年若い詩人がひとり死にましたさくらのしろくたなびく夜に 【しろく】

98. いまもなほ母の書棚にしまはれた詩人の本は開かぬままに 【詩人】

99. いつまでも小さきわたし父という書棚ひとつの前に立つとき 【書棚】

100. とほくまで飛んでゆく鳩をいつまでも見てゐた あれは夢の後先 【いつまでも】


ふりかえり
桔梗さんが置いた位置とは違う位置に摘んだ語を置くようにしていたのですが、読み返すと何回か同じ位置に置いてしまっていますね。【晩夏光】や【書棚】など、普段自分が使わない単語を摘むようにしていました。
自分が使いがちなモチーフってあるのですが、あまり気にせず気ままに作りました。どこまでを一語とするのかの判断が結構難しかった。
いちごつみは返歌ではないのでどう返しても良いのですが、ちょっと返歌っぽい気持ちで作ってみたりなど、ところどころで遊べて楽しかったです。

桔梗さんも書かれていましたが、交換日記や文通みたいでわくわくしました。寝る前に送って、朝起きたらお返事が来ていたりとか。3週間と少しの間、この単語摘まれたのか~!とか、この単語でこんな歌にできるのか!とか、毎日暑い夏でしたがいちごつみのお蔭で生き延びた感があります。(と真面目に書きましたが、私は桔梗さんの短歌が好きなので、桔梗さんの短歌がリプライで50首も返ってくるのすごい!嬉しい!という単純な喜びも多分にありました。)
桔梗さん、お読みくださった方、ありがとうございました。

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