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【読書記録】 YOUR UTOPIA by Bora Chung / translated by Anton Hur

Your Utopia
Bora Chung / translated by Anton Hur

8つの短篇が収められた短篇集。
前作『Curst Bunny』は、全編を通して、土着的、呪術的、そして神話的な設定、登場人物の体温や、汗や血や排出物の匂いを生々しく表現する作品集でした。『Your Utopia』はまるで逆、各物語に共通するのは、宇宙、終末、無生物、ディストピアなどの要素。無機的な世界です。前作との対比の鮮やさが第一印象でした。
2つの作品集の圧倒的な温度の違いに完璧に対応しているのがAnton Hurの訳文です。『Curst Bunny』では、素朴な言葉が紡ぐぬくもりを感じさせたり、シンプルな文体でプリミティブな畏れと震えを十全に表現していましたが、無生物やそれに近い存在が登場する『Your Utopia』では、明快さはそのままに、息継ぎの感じられない(無生物だから)ような語り、機械が喋ったらさもありなんというような幼稚さと賢さの境目が曖昧な文体、そして接続詞を使ってダラダラと話が続く超高齢者の独白体などを駆使ししています。
語りのスタイルってとても大事です。しかもそれが内容に呼応していて、おまけにメタ小説風味があったりすると面白さは倍増しますね。
以下、各作品を少しご紹介します。

The Center for Immortality Research
「国の消滅後もわれわれは永遠に生きる」がモットーの「不死研究所」に勤める自称最下級職員の話。ブラック組織コメディ?なんて思っていたら、ラストの主人公の告白がブラック過ぎて笑えない。無限の生と有限の生、どちらを選ぶかと言われたらものすごく迷うでしょう。ダメ所員による投げやりなダラダラ文がテーマに合ってます。

The End of the Voyage 
終末譚。宇宙最後の人類となった「私」の回想。疫病(人を食べる病)により住めなくなった地球から脱出した飛行船。宇宙船という密室設定と信用できない語り手。スプラッタと詩情。もちろんパンデミックを経験している私たちが冷静に読める内容ではありません。

A Very Ordinary Marriage 
異星人譚。毎晩誰かと電話で話している「私」の妻。夫を愛するがゆえに危険を冒して真実を告白してきた妻を拒否する「私」。追いつめられた妻の行き先は。「私」はどうすればよかったのか。妻から夫への呼びかけ方と、妻を指す言葉の変化に注目。他者という点では異星人も家族も同じ。

Maria Gratia Plena
近未来。麻薬販売網の手先で瀕死状態の「彼女」。その脳波のシグナルを解読して動画で再現し情報を読み取る技師の「私」。機械の右手を持つ「彼女」の過去に登場する謎の男。犯罪者と技師のシスターフッドとモチーフとして登場する宇宙船が切ない。交互に三人称「彼女」と一人称「私」で語られる構造で、人称の「揺れ」の必然性がプロットに帰するというメタ小説的面白さ。「彼女」の経験(脳波を通した事象)の主語は「彼女」。そしてこの三人称は小説作法でいう「神視点(≒作者の視点)」ではなく、あくまで「私」にとっての「彼女」。つまり「私」と「彼女」の区別は、作品構造における視点の問題ではなく、内容の問題なのです。

Your Utopia(表題作)
ポスト・ユートピアの終末譚。人間が去ったあとの荒廃した星。残された機械たちはバッテリが尽きるのをただ待つ。太陽発電機付き自動車の「私」は、死んだ仲間の部品を漁って生き延びている。拾った人間型ロボット314を道連れに、人間の作ったデータとマニュアルに従いサバイバルに挑む。廃棄物化した機械や荒廃した建物の感情のない戦い。心がないはずの車や機械がかわす会話になぜかしんみりする。ユートピアという人間の無責任を恨まず、明日を信じることをインプットされた機械の「無私」が健気な行動に見えてしまう。イシグロの『クララとお日さま』を思い出します。

A Song for Sleep 
高度にAI化された超高齢社会。ここも無生物が主人公。高齢者住宅のエレベータである「私」。住人である老婦人の手の感触を懐かしみ、好きな歌を流そうとする。それは「私」の「感情」なのか機械の「仕様」なのか。ビルが管理する彼女のデータをこっそり別のファイルに隠し、「なぜ人は弱るの?死ぬの?」と問い続けるエレベータ。接触恐怖症の人類より、無私で他意がないロボットの一方的で単純な「心」とその危さに泣けた。

Seed
近未来。樹木と人間のハイブリッドが秘かに生きる土地に、全員同じ顔かたちをした「人間」たち(デザイナーベイビーを暗示?)が突然やってくる。モンサントを思わせるアグリ企業の阿漕な手管と、人間の手で絶滅に追いやられる自然がとる最終手段に戦慄を覚える。花粉症に苦しむ人が増えているのも、自然による一種の復讐だとするなら、この寓話が非現実的な作り話だとはとてもいえないだろう。植物はひと粒の種さえあれば、根を張り生きのびることができる。待つことができる植物のしたたかな辛抱強さ。

To meet her
接触を極度に恐れる超高齢社会。あるファンクラブイベント会場で爆弾テロにより九死に一生を得た120歳の女性が語る、社会への呪詛と希望。老婆があれこれ文句を言い続けるダラダラ文なのだけれど、じつは彼女、かつて「差別禁止法案」実現のために運動していた闘士だった。この運動は実際に韓国で起こった出来事。本作だけだいぶ毛色が違います。運動と前半の爆撃犯のつながりがよくわからなくてどういうことだろうと思ったのですが、後書きを読んで、この作品が本書に収められた経緯がわかりました。社会問題にも深くコミットしている作者なのです。

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