見出し画像

チート・アポカリプス【小説】

オンラインゲームの最期はたいてい悲しみがつきまとう。売上の不振、ユーザーの減少、致命的なバグ、関係者の不祥事、そのほかいろんな理由でゲームは終わりを迎える。

その中でも特に悲惨なのは、チーターによってゲームが破壊され、誰も遊ばなくなることだ。無垢なプレイヤーは狩りの対象となり、チーターとの遭遇することを恐れてゲームを去る。獲物がいなくなったあと、チーターもゲームから去っていく。

あるとき、『Vertex Show』という対戦ゲームがリリースされた。FPSのバトルロイヤルとして瞬く間に人気を得たこのゲームにも、チーターの影が迫っていた。

Game1 Hello, Tokyo!

「面白いゲームがある」と大学の友達に誘われて、初めて『Vertex Show』をプレイした。『Vertex Show』は3人でチームを組み、計20チームで生き残りを懸けて戦うFPSの対戦ゲームだ。

選べるキャラクターは20体いて、それぞれが固有のスキルを持つ。いままでのバトルロイヤルはプレイヤー全員が一様な能力のアバターを操作するものがほとんどだったが、バトルロイヤルをベースにいろんなFPSゲームのいいところどりをしたゲームが登場して、世界中でプレイヤーが増えているらしかった。

PCゲームだから家でしかできないけど、俺もすっかりハマってしまった。友達と3人でチームを組んで遊べるゲーム、というのは別に珍しくないが、各々が回復や強化、移動のスキルを持っていて、誰がどのキャラクターを使うかで戦術を変えながらプレイできるのが面白い。

日本には東京サーバーがあって、だいたい22時から2時くらいが最もプレイヤーが多くなり、数秒で60人がマッチングする。明け方になると東京サーバーもさすがに人が減ってくるが、そうなると北アメリカ(NA)のどこかのサーバーに出向いたり、東南アジア(SEA)のサーバーでベトナム人と対戦したりした。

もちろん、朝まで遊んでいたら大学の授業に出るのも簡単ではなくなる。俺はなんとか出席していたが、友達はけっこう休みがちになっていた。

***

「久しぶり」とFrixが言った。同じ大学に通っている同じ学年でほとんど同じ授業に出ている相手に、大学の食堂で。「珍しい」と俺もつい返してしまった。Frixはたった一言交わすだけの間にあくびを2回した。すぐにでもテーブルに突っ伏して寝始めそうだ。

昼飯を食べながらFrixと久しぶりに対面で話した。毎夜のようにDiscordでは話しているから、その点では珍しさなんてかけらもない。今日、何かの大事な授業の先生に呼び出されていたことは聞いていた。どうやらその用事が終わり、今から帰って寝るつもりらしい。

「見たか、2000万人」
「うん、すごい」

何の話かといえば、当然VS。全世界のプレイヤー数が1か月で2000万人に達した、というニュースが今朝方流れていた。その内訳は不明だが、日本でも数万人、もしかしたら数十万規模でプレイヤーがいるらしい。俺もそのうちの1人。

1つのゲームに数千万人ものプレイヤーが集まる、というのは現代ではそこまで大きなニュースではない。そういうゲームはいくらでもある。でも、1か月でとなるとさすがに話題になるものだ。

「プロチームもできるかもなぁ」
「目指してるの?」
「AutoBookはそうらしい」

AutoBookはいつも一緒にVSを遊ぶメンバーだ。ゲームネームと声しか知らないが、プレイはかなりうまい。Frixとはこうして対面で話すよりDiscordを通して話すことのほうが多いのでお互いにゲームネームで呼んでいる。ほかの友達の前で呼んでしまうとちょっと恥ずかしい。

VSでもプロチームができるのは必然の流れだろう。いまや日本でも有望な対戦ゲームが出てきたらプロチームができて、競技シーンが作られていく。まだリリースして1か月だとしても、早めに動いてトッププレイヤーを確保しておいたほうがいい。

Frixがあまりにも眠そうだったのでその日は解散して、また夜に遊ぶことになった。

***

何戦かプレイしたあと、AutoBookが急に切り出した。

「VSもチーターが出てきてるって」
「そりゃそうだろうな」

さも当然という感じでFrixが言う。まあ、プレイヤー人口の多い対戦ゲームならもはや逃れらないのがチーターの存在だ。いろんなゲーム会社がその対策に躍起になっているが、特にシューターゲームではチートツール開発者とゲーム会社のいたちごっこが続いていて、その戦争に終わりは見えていない。

しかし、VSは比較的安全だと誰もが信じていた。開発元が十全な対策を行なうと、発売前に宣言していたからだ。そのわりにはトロールやトキシックを通報するシステムがなくてイライラすることもあるが、東京サーバーではまだチーターの存在は影も見えない。

「まあそれより次いこう」

Frixがチーター談義をどうでもよさそうに断ち切って、俺たちはまた空飛ぶカーゴに乗り込んだ。この日は調子がよくて連戦連勝、終わりどきがなくていつの間にか寝落ちしていた。

Game2 クロス・エンカウンター

『Vertex Show』は破竹の勢いだった。リリースして1か月半が経ち、プレイヤー総数は4000万人近くになったとニュースに出ていた。日本でも人口が増えていて、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。ほかのシューターゲームで名を馳せたプレイヤーや現役のプロゲーマー、YouTuberやVTuberも参戦している。そういう人たちにつられて、わざわざPCを買ってプレイし始める人もいるようだ。大学の食堂でもVSの話をしている人がちらほらいる。

俺たちはAutoBookの熱弁に心を動かされ、もっと個々の操作練度を上げて、戦術を作って、チームとして上達することを目標にしていた。そのために必要なのは情報と、より強い相手との対戦だ。

そこで、普段の3人のDiscordグループのほか、日本人を対象に開いているDiscordグループに入った。メンバーはすでに200人くらいいて、日夜VSのことが語られている。マップの攻略や海外のプレイヤーのこと、今後VSがesportsとして展開されていくだろうという議論、バグ報告や要望などまあとにかくごった煮でいろんな情報が行き交っていた。

その中にスクリム募集チャンネルがあった。スクリムというのは練習試合だ。とはいえ、VSはまだカスタムルームが実装されていないので、対戦したい相手と同じタイミングでゲームインしてマッチングされるようにする。カスタムルームは世界中から要望が出ているそうだが、販売・開発元のRespective Entertainmentはまず世界中のサーバーで安定してプレイができるように図っているという。

たしかに、このゲームは突然重くなったり接続が途切れたりすることがけっこうある。Discordでは、Respective自身がVSの人気を予想していなかったと見る声が多い。セキュリティは万全でもサーバーが不安定なら意味がない。

マッチングスクリムは俺たち――特にFrixにとっては幸いだった。ほかのプレイヤーが少ない時間帯のほうがマッチングの成功率が高いので、17時頃から20時頃が活発化していたのだ。22時からがゴールデンタイムとしたら、17時からはシルバータイムといったところ。

それにしても、AutoBookの熱心さは群を抜いていた。海外のオンラインコミュニティにまで出向いて情報を仕入れ、ときどき海外サーバーでのスクリムまで調整してくる。ただ、南北アメリカやSEAはいいが、ヨーロッパや東欧(CIS)のサーバーは日本からの接続だとラグがひどい。Pingが200を超えると、正直まともに試合はできなかった。

「アメリカのチームがトッププレイヤーに声をかけてるらしいよ」と、AutoBookが教えてくれた。4000万人のプレイヤー基盤があるゲームをアメリカのゲーミングチームが見逃すはずはない。Respectiveは明言を避けているが、早々にesportsへの展開について発表があるだろうと誰もが予想している。

そうした噂を横に、ゲームの人気は日を追うごとに増していた。アメリカの人気ストリーマーであるShinobiも頻繁にVSをプレイしていて、その同接視聴者数は10万人を下らない。イギリスの元プロゲーマーで、VSの発売前にストリーマーに転向したFraudも夢中で、このゲームのために現役復帰も考えていると言ってはばからない。

日本のゲームメディアでも、そうしたちょっとしたニュースやゴシップが次々に記事になっていた。日本で最も人気のあるストリーマーの1人、fashionoobもVSで24時間配信を実行した。常時1万人以上が視聴していて、俺たちはfashionoobとマッチングするためにタイミングを合わせてゲームインしてみた。1度だけマッチングに成功したが、ほとんどfashionoobだけに壊滅させられる有様だった。

***

世界も俺たちも、VSへの熱は高まり続けた。そして少しずつRespectiveから大会やリーグの構想が漏れ聞こえるようになってきた。

AutoBookはプロシーンを想像して非常に楽しそうだが、残念なことに俺たちは野試合で常勝というわけではない。4試合に1回、スターになれればいいほうだ(スターというのは最後まで生き残った1位のこと)。だから、とにかく野試合での勝率を高めなくてはいけない。それで、今日も3人で試合に臨んでいる。

「あいつやばい」

プレイ中、AutoBookが不意に言った。建物に向けてサインが飛ばされた。「何が?」と、Frixが言いながら壁際から顔を出した。その瞬間、Frixの頭部が撃ち抜かれる。Frixの、叫びそうになったのをぐっと堪える息が聞こえた。

Frixが不用意に姿を見せたとは思わない。なにより相手の位置は遠く、ヘッドショットが簡単に決まる距離ではない。しかし、現実にはダウンしたFrixが這いつくばってこちらに逃れようとしている。

俺はFrixを回復しようと近づいた。体を敵に晒したとは思わないが、もしかしたら相手からは頭だけ見えていたのかもしれない――俺もヘッドショットを喰らった。

3人とも唖然とした。たった2発で2人を仕留めるなんて、どんな腕前のプレイヤーだ? それとも偶然だろうか。

Frixに急かされ、俺たちは安全な場所に向かって這った。だが、突如上空から降ってきた3人組にAutoBookもろとも一気に倒されてしまった。目の前の相手と倒れた味方に気を取られ、愚かにも上方への警戒を忘れていた結果だ。

「チーターだ、間違いない」

試合後、AutoBookが重々しく告げた。対戦ゲームはいくつかプレイしてきて存在は知っていても、実際にチーターに遭遇したのは初めてだった。もちろん決定的な証拠があるわけではない。でも、AutoBookが言うには俺たちと相対する前からそういう挙動をしていたらしい。つまり、自分の弾丸が当たることを確信した動きだ。

こういうとき、怪しいプレイヤーは運営に通報したほうがいい。しかし、ゲーム内には通報システムがまだなかった。なので、AutoBookがDiscord内の通報チャンネルに書き込んでおいた。よく見れば、いままで気に留めなかったが、いくつかチーター目撃情報が書き込まれていた。俺たちが遭遇したプレイヤーを検索してみたが一致はなかった。

AutoBookは以前からチーターの存在を意識していたからか冷静で、反対にFrixは怒り狂っていた。言いたいことは分かる。チーターはゲームを壊す。試合の中に1人でもいたら、そいつが勝つに決まっているのだから、まったく楽しくない。

チーターはゲームのプログラムをハックして、想定されていない挙動でほかのプレイヤーを倒していく。ほぼ100%で弾を当てるオートエイム、ありえない速さで動くスピードハック、壁が透けて見えるウォールハック、あるいは攻撃の威力を跳ね上げる真に破壊的なタイプのものなど、チートの種類にもいろいろある。

いずれにしても、使った側はよくても使われた側は不正な行為で倒されるのだから、やる気を失ってしまう。この日の俺たちもそうだった。Frixが怒ってチャットを切断し、そのまま解散となった。

Game3 ソウル陥落

チート問題は急速に広がり、そして認識されていった。人気ゲームにおいて不可避の現象だと達観する人もいれば、ブログで徹底的に糾弾する人もいた。

東京サーバーでチーターがいたということは、もちろんほかのサーバーにも出現している。AutoBookが言うには、この数日で全世界のサーバーで目撃情報が激増しているという。特に韓国のソウルサーバーとNAのカルフォルニアサーバーで増加しているらしい。だとしても、Respectiveがチーターを許すわけがない。そもそも、その対策がなされていたはずだ。

ややあって、Respectiveがこの問題を認識していると発表した。同時に、さらなる対策に乗り出していることも。

俺たちはあれ以降、チーターに遭遇していない。だが、日本でも懸念する人は増えている。つい先週までは誰もチーターについて話題にしなかったのに、いまではDiscordの一番の話題はチーターについてだ。東京サーバーでの目撃情報がかき集められ、ブラックリストが作られていった。ただ、どこか対岸の火事を楽しんでいる雰囲気はある。

VSにカスタムルームが実装されない限り、プレイヤーは野試合をするしかない。もし1人でもチーターがいれば、その試合は捨てるか、実力でチーターに立ち向かうほかないだろう。オートエイムに勝てる気はしないが。

「せっかく盛り上がってきたのに」

AutoBookが言っているのは、日本でもいくつかプロ志向のチームが出てきたことだ。プロを目指している彼にとって、いまの盛り上がりに水を差すチーターを許せはしないだろう。多くのプレイヤーにとっても、チーターは親の仇より憎い相手だ。

「どこかいいチームはありそうなのか?」
「まあ、アプローチはしてる」

AutoBookはFrixの質問に曖昧に答える。Frixも俺もプロになるつもりはないので、そこで意識の差やモチベーション、実力の差にもどかしさを覚えてはいる。とはいえ、俺たち3人はそこそこいい成績で戦えるようになってきている。野試合では5位以下に落ちることはめったにないし、スクリムでも上位常連だ。

チートは問題ではあっても、ゲームの盛り上がりにとってそこまで大きな影響はないだろう。それが大方の意見だった。開発元が対策すると言っているのだから、プレイヤーはそれを信じるしかない。

***

ところが、衝撃的な動画がSNSに出回った。内容は、アメリカの人気ストリーマーであるShinobiが『Vertex Show』のあり方を非難するものだ。チーター対策がまったくできておらず、ゲームが破壊されかかっている、と。

実際、彼がメインでプレイしているカルフォルニアサーバーの汚染は拡大しつつあった。10試合に1人か2人のチーターが混じっており、Shinobiも配信中に彼らに出くわし、一方的に倒されてしまったそうだ。いつもはニコニコしている彼でも、この仕打ちには黙っていられなかったのだろう。

動画はバズりまくって、日本でも話題になった。同調する人もいたし、楽観視する人もいた。だが、プレイヤー人口自体はまだまだ拡大していた。VSにはそれほどにゲーマーを惹きつける面白さがあった。それと、チーターも。

ゲームメディアではVSのチート問題が取り上げられ、その有害さや使用を自粛させるキャンペーンが張られた。だが、動画やニュースよりも俺たちを驚かせたのはある事件だった。日本のとある有名プロゲーマーがVSをプレイしている際、視聴者からチートを疑われたのだ。彼は配信中にもかかわらず激怒し、その日以降配信どころかSNSで発言すらしていない。

なんとなく、日本で――世界でも、嫌な雰囲気が漂い始めていた。VSはゲーム自体はすばらしい、でもチーターのせいで終わっている。そういう言葉がいろいろな人から聞かれるようになった。俺たちのプレイ頻度も減っていた。チーターに遭遇する頻度が増してきたからだ。たった1人いるだけで、その日のモチベーションがすべて失われてしまう。Frixが悪態をつき、AutoBookは静かに怒っていた。

***

その報が届いたのは、日曜日の夕方だった。Discordグループのメンバーが書き込んだのは、韓国の友達から聞いたという言葉だ。

「ソウルは陥落した」

北朝鮮が戦争を仕掛けたのかと思わないでもなかったが、実際にはVSの話だ。どうやら、ソウルサーバーはもはやチーターだらけでまともにゲームがプレイできなくなってしまったらしい。まだゲームが発売されて2か月しか経っていない。

突然のことで、メンバーの誰もが動揺していた。ソウルサーバーでもチーターが増加していることは知っていたが、それほど深刻ではないはずだった。でも、そうではなかった。俺たちの目がアメリカのShinobiや国内のプロゲーマーチート疑惑に向いていただけで、後方では危機が迫っていたのだ。

メンバーが調べたところ、上海サーバー、北京サーバー、台湾サーバーはチートを使って当たり前になっているらしかった。チートツールがネットショップやフリマサービスで売られていることも分かった。購入するとダウンロードURLとパスワードが届き、ファイルを実行するだけでプログラムがゲームに組み込まれるという。オートエイムはわずか数百円で売られていた。

中国と台湾の状況はとても信じがたい。チートを使って初めて対等に戦えるゲームに、チートプログラムが並ぶネットショップ……。外から見れば、この地域のプレイヤー人口は数千万人に達し、世界で最も多い。彼らの多くがチートを使っているなんて、本当だろうか? もちろん、多少は誇張されているはず。しかし、俺たちにもその影が迫っている気配はあった。

***

Respective Entertainmentが50万人規模のプレイヤーをBANしたが、焼け石に水と言ってもよかった。それ以上にプレイヤーが、そしてチーターが増えていた。対策はまったく間に合っていない。東京サーバーでもチーターが激増していて、3試合に1人はそれらしきプレイヤーがいた。それと、チート販売業者が使うBOTもよく見るようになった。BOTは試合が始まるとチート販売のための符丁を残して早々に離脱するから、3人チームという前提が成立しなくなってしまう。

東京サーバーは、少し前までほかのサーバーに比べて平和だった。それがこの状態になったのは、ほかのサーバーからチーターが流れ込んでいるからだ。どうやらチーターもチーターを相手にしたくないらしく、無垢なプレイヤーを一方的にいたぶるほうが好きらしい。

俺たちはもうマッチングカスタムにしか参加していなかった。それでもチーターが紛れ込むことがあるが、野試合よりましだ。普通にゲームをプレイできる時間は、少しでも長いほうがいい。

VSは壊れかけていた。いや、壊されようとしていた。それに対抗しようとして、アメリカのプロチームTeam Armsが果敢にVSをプレイした。チーター相手に勝利を収める彼らの姿はまさにヒーローだった。俺たちも毎日彼らの配信を観た。いつしか彼らの取り組みはGBCと呼ばれるようになった。

GBCはGet Back Californiaの略だ。Team Armsはカルフォルニアサーバーでプレイし続け、勝利し続けた。チーターのせいでVSをやめた人たちも彼らを応援するようになった。プロ対チーターの終わりなき戦い――俺たちも熱狂した。信じがたい額のドネーションが飛び交った。

だが、現実は非情だ。この勇猛な戦士たちを倒そうとする動きもまた加熱していった。当然、チートを使ってだ。カルフォルニアサーバーのチーターは、Team Armsの活躍があったせいでますます増えていた。GBCは一大イベントになっていたが、連日の配信にメンバーは疲弊していった。

Game4 聖域:シンガポール

Respectiveは毎日のようにチート対策について何事かを発表していた。けれど、実を結んだ施策は少ない。そんな中で満を持して投入されたのがチーターのPCごとブラックリストにするハードウェアBANだったが、一時は効果が出たものの、あっという間にハックされて元の木阿弥となった。

明らかに、チートプログラムの開発者は手練が揃っていた。ある日、ネット掲示板でプログラム開発の工場が中国にあるという告発がなされた(工場は比喩だ)。中国ではプログラマーが大量にリストラされており、暇を持て余したプログラマーがチートプログラムを開発して小銭稼ぎをしていると。

VSがその対象になったのは、単に世界的に人気のゲームだったからだという。人口が多ければチートの需要も高い。開発者と販売業者が結託し、世界中にチートプログラムが蔓延ったことになる。その信憑性は分からないが、Discordでは中国関連の情報が増えており、上海サーバーがチートの実験場になっているのは確からしかった。

日本ではVSの大会やイベントが開催されつつあった。公式に申請すればカスタムルームの作成権限が与えられるので、チーターの影響を受けずに開催できる。だが、そこでも事件が起きた。あるオンライン大会で、参加者がチートを使用したことが発覚したのだ。こうなるともうどうしようもない。いくつかの大会が中止を決定した。

俺たちはすっかりモチベーションを失い、あれだけハマっていたFrixでさえVSをプレイしなくなっていた。AutoBookは相変わらず情報収集を続けていてDiscordグループの中心的なメンバーになっていたが、俺はときどき野試合をしながらなんとなく事態を静観していた。

実際、チーターが多いと言っても毎試合遭遇するわけではなく、特定のサーバーを除けば多くのサーバーがまだ正常に稼働していた。そういうサーバーで、チーターや業者がいないときだけ愉しめばいい。もちろん、これがゲームを遊ぶうえで健全な向き合い方とはとても思えなかったが。

正直に言って、Respectiveはお手上げ状態に見えた。GBCに取り組むTeam Armsも敗北することが増えていた。まさに「カルフォルニア・ダウン」だ。

***

あるとき、Discordにシンガポールサーバーの情報がもたらされた。2、3日前からチーターがおらず、快適にプレイできているらしい。これは日本だけでなく世界中に伝播し、VSの復活を期待する多くのプレイヤーが殺到した。サーバーはパンク寸前でRespectiveが増強を試みていたが、プレイするのに十数分も待つのが常だった。それでも、みんながこのゲームを安全にプレイしたがった。俺もそうだ。

計20回ほどシンガポールサーバーでプレイしてみたところ、業者BOTには出くわしたものの、たしかにチーターは見かけなかった。サーバー側でチートを検出してBANする強力なプログラムが作動しているらしい。世界中のプレイヤーにとってシンガポールサーバーは希望の光だった。

嘘か真か、シンガポールサーバーはRespectiveが総力を結集してチート対策を講じたサーバーだったという話も出てきた。だが、誰もが希望は打ち砕かれるものだと知っている。シンガポールサーバーが隆盛を誇ってわずか数日、次第にチーターが増えてきたという報告が上がるようになってきた。とすれば、シンガポールサーバーもまたチーターの手に落ちかけているのか?

チートは検出され続け、チーターはBANされ続けている。Respective はBANしたアカウント数を公表するのをやめたが、大げさに1000万単位だと言われている。それでもチーターは飽きず増え続ける。いったいどうなっているのか。

シンガポールサーバーに忍び寄る黒い影は、いよいよ大きくなっていた。チーターの侵入を阻む壁が崩壊しかけている。プログラム開発者は強固な壁であればあるほどそれを壊したくなるという。ゲームを壊すことを楽しむ連中と、ゲームの仕様に則って遊ぼうとするプレイヤーが相容れるはずがない。

「シンガポールももうダメだ」

Discordでそう囁かれていた。ほかのサーバーに比べればましなほうだったが、それからたった2日で事態は一変した。壁が崩壊したのだ。同時期、GBCも終了した。チーターが勝利を祝っていた。

もはやまともなプレイヤーはこのゲームを――『Vertex Show』を見限ろうとしていた。

Game5 アンカレッジのホワイトハッカー

ゲームとはルールの集まりだ。コンピューターゲームの場合、そのルールは開発会社が設計し、実装する。ときどきバグはあるが、プレイヤーはルールに則って目的を達成するために試行錯誤する。対戦ゲームはそのルールの中に人間の対戦相手が組み込まれている。だから、同じ試合は二度となく、そこに緊張感や成長といった対戦ゲーム独自の面白さが生まれることになる。

さっきはうまくいかなかったから、戦術を変えてみる。エイムがよくないから、練習して命中率を上げる。実際に試合に臨み、相手に勝つことで自分がどれほど成長したかを実感する。狙ったとおりに実現できたとき、その喜びは何にも代えがたい。

俺がほかのジャンルより対戦ゲームを好きなのは、上達するのが楽しいからだ。負けが続くとイライラするけど、勝てば勝つほどその達成感に頬が緩む。人によっては上達したいとは思ってないだろうが、勝てれば楽しいものだ。

こうした対戦ゲームの感動を、チートはすべて破壊する。チーターには悪意をもっている人もいるし、楽に勝ちたいからと使っている人もいる。その程度はどうであれ、常識的なプレイヤーはチーターを拒絶する。

この一連の騒動で、俺はそう強く思うようになった。寝る間も惜しんでプレイしていたゲームでチーターが蔓延し、俺たちのようなプレイヤーがいなくなり、そしていたぶる対象がいなくなったチーターも去っていき、シンガポールサーバーが蹂躙されたいまでは、どんどんゲームの人口が減っている。

根本的な対策がなされない限り、『Vertex Show』に人が戻ってくることはない。しかし、人が戻ってくればチーターも戻ってくる。現実として、Respectiveはチート対策もカスタムルームの実装も間に合わなかった。なにせ、リリースからわずか3か月の出来事だ。できることは限られていた。こんな状態で競技として取り組むなんて夢のまた夢だ。

でも、日本のDiscordグループにはまだまだ人がいて、マッチングスクリムがときどき開催されている。世界中のサーバーもそうだ。このゲームに惚れたプレイヤーはチーターにめげずにプレイを続けている。俺たちは報われるだろうか?

光はアラスカから差し込んできた。

***

アラスカのアンカレッジサーバーは北米サーバー群の1つを成し、GBCの以前にチーターの巣窟となっていた。だが、GBCが始まったことで多くのプレイヤーがカルフォルニアサーバーに移行し、過疎に陥った。それに目をつけたのが、いわゆるホワイトハッカーだった。

彼が残したテキストからApollonと呼ばれるようになったそのプログラマーが、人口の少ないサーバーでアンチチートプログラムの開発実験をしていたのだ。Respectiveによるものではなく、プレイヤーがそれをインストールすることで機能するツールだ。インストールしてゲームをプレイするとサーバー側ではなくクライアント側(プレイヤー側)でチートを検出し、チーターを身動きできなくするという。

だが、このプログラム自体がゲームをハックするチートプログラムと同じ仕組みなので、インストールしたプレイヤーはサーバー側に検知されてBANされてしまっていた。ところが、最後の壁と言われたシンガポールサーバーでの実験が功を奏し、数日前にプログラムが完成した。そして開発者がアンカレッジサーバーのプレイヤーに働きかけ、アンチチートサーバーを作り上げたのだ。

この話はあくまで伝え聞いたもので、とても信じがたい。Respectiveが苦戦していたチート対策に、外野のプログラマーが成功するなんて。

俺はDiscord経由でそのプログラムを手に入れた。利用は個人責任、もしかしたらこれも不正なチートプログラムかもしれない。かのプログラマーに感化されたプレイヤーたちが掲示板で導入を広く訴えていたが、その反応はまちまちだ。騙される可能性のほうが高かった。アンカレッジサーバーにチーターがいないのは、単に過疎だからかもしれない。

Discordでもまだ報告はなかった。だから、俺は自分でインストールしてみることにした。このまま傍観してゲームが終わるのを待つより、何かして終わりを迎えたい。FrixとAutoBookも誘った。嫌そうだったが、乗ってくれた。3人でVSをプレイするのは何週間ぶりだろうか。期間としては短くても、体感時間はものすごく長かった。

東京サーバーでの野試合、さてどうなるか。

***

アンチチートプログラムはRespectiveに取り入れられ、世界には平和が戻った。まだその対策網をすり抜けるチーターはいるが、かつてのようにゲームが破壊されるほどの規模ではまったくない。東京サーバーはもちろん、上海サーバーでもチート対策が構築されている。

開発者の素性は分からずじまいだった。中国人だという説が濃厚のようだが、アノニマスのようなチームだとか、元Respectiveのプログラマーだとか、いろんな説があった。誰であれ、伝説的な存在として語り継がれていくだろう。

「最高に楽しい」

息を吹き返したFrixが敵を倒しながら言った。まったく同意だ。俺もAutoBookも、VSを堪能していた。シーズン制のランクシステムとカスタムルームが実装され、Respectiveからesports構想が発表された。AutoBookは所属するチームに目星がついかとか。事態は好転し、世界中でプレイヤーが戻ってきた。

スナイパーライフルで敵を撃ち抜く。スキルを駆使して敵に近づき、ショットガンをぶっ放す。爽快だ。Frixに呼ばれて振り向こうとしたら、

「あっ」

一瞬操作が効かなくなり、その隙をつかれて倒されてしまった。Frixが「何やってんだ」と笑った。俺も情けなくて笑い返した。VSをまたこうして3人でプレイできていることに比べれば、ラグなんて些細なことだ。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

ありがとうございます。よければスキ、シェア、フォローをぜひ✋

大吉
70
日本のeスポーツシーンをマーケティング視点で考察・分析するマガジン「happy esports」を運営中。 記事を書きたい方へのアドバイスはマガジン「書くこと講座」、もっとnoteを活用したいときは「仕事依頼」よりどうぞ。

こちらでもピックアップされています

happy esports
happy esports
  • 142本

日本のeスポーツシーンをマーケティング視点で考察した記事のまとめ。業界の最前線で活躍する人が読んでくれています。 eスポーツを仕事や事業にしている/したいとき、マーケティングで活用したいとき、あるいは投資したいときにも役立ちます。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。