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読書

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読書の記録と感想等。
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2024年1月の記事一覧

2024.1.28 『不器用で』ニシダ

五作品からなる短篇集。
いずれも人として生きるうえで抱いたことのあるような、小狡くて情けない、けれど心の隅の優しさが滲んでいるような作品だった。

自身が虐めの対象にならないように人を下げながらも、似通った境遇の人間をなるべく守ろうとしながらもがいた「遺影」

自分はここまでではないと生物部の同級生・波多野を下に見ながら、実は自身の足元が堕ちていく様を描いた「アクアリウム」

男性サウナのタオル交

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2024.1.21 『i アイ』 西加奈子

自分ではどうにも出来ないことが、世界には多くある。その渦中にいてもいなくても、自分の力だけでは変えることができないもので、この世界は埋め尽くされている。
その不条理が生み出す悲劇のひとつひとつに目を向けて、おおよそ等しく感情を揺らすことは私にはできないが、聡明で繊細なアイは、自らの存在と照らし続けてきたのだと思う。

「この世界にアイは存在しません。」
作中で呪文の様に何度も繰り返されるこのフレー

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2024.1.11『楽園のカンヴァス』原田マハ

アンリ・ルソーの名画「夢」をめぐって繰り広げられる美術ミステリー作品。
現代から過去、また作中の物語へとシーンが移り変わってゆく度に少しずつ謎が紐解かれてゆくのが非常に心地よかった。
絵画には明るくない私が読んでも、「夢」という作品が持つ魅力に間接的に触れられたような感覚になり、「夢」に酷似した「夢をみた」の秘密に迫ってゆくその過程に虜になっていた。

芸術を取り巻くのは、権力や財産、真贋や既得権

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2024.1.4『ぼくの死体をよろしくたのむ』川上弘美

18作品からなる短篇集。予備知識も何もなく初めて飛び込んだ川上弘美の世界観は、ひとことで言うと「浮遊感」だった。現実と非現実の境をふわふわしていて、登場人物がはっきりとしない物言いで展開する話が、妙に心地よく感じていた。ただ、そのはっきりしない部分が作品の魅力を引き立てているようにも思う。読者の感受性や想像力に委ねているような、ヒントのようなキーワードを適度に散りばめているからこそ逆にのめり込んで

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2024.1.3『劇場』又吉直樹

後書きにもあったような演劇と日常の境を行き来する永田の心情に、自分と重なる部分が多い気がして何度も意識が逸れていく作品だった。自分にとってはある意味目を背けたい経験の数々が呼び起こされては止んでを繰り返し、気がつくとページを捲るたびに物語に溶け込んでいった。

慣れてゆくと同時に沈んでいく感覚は、もしかすると誰にでも無意識のうちに定着しているのかもしれない。目標に向かって真っ直ぐに進んでいるうちは

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2024.1.2『手のひらの京』綿矢りさ

京都に生まれた三姉妹のそれぞれを描いた話。
家族の優しさと京都が持つ特有の強さが柔らかく表現してされていて、常に緊張感が漂っていた印象。
自分自身が故郷を離れて暮らしているからこそ気づけた京都の魅力が丁寧に言語されてより腹落ちした。
家族、恋人、友人、仕事、環境、故郷。
大切にするべきもののは、目の前のものだけでなく、骨身に染み付いた自分の背後の景色かもしれない。

三女の凛を軸にしたストーリーが

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