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MOTLEY CRUEのMOTLEY CRUEというアルバムの思い出


MOTLEY CRUE

MOTLEY CRUE 1994年全米7位

モトリー・クルーが大好きなバンドなのかというと実は違うのだが、出来事まで含めて、特別なアルバムというのはある。

昔。前世紀の話だ。
当時、転職による就職浪人中だった私は、親の金で、親よりは英語がわかるという理由でアメリカ・NYの旅行の随伴に預かった。
結果は学生時代の英語教育の甲斐もなく、expensive!discount!しかまともに発声した記憶がないのだが、それは別として、一瞬親とは別行動で、ショッピングモールの中のCDショップに駆け込んだ。

どうしても、本場アメリカの音楽シーン(の一部)に触れてみたかっのだ。
CDショップは小さく、平日の昼間だったからか閑散としていて、今思い起こせば失礼な感想だが、痩せた白人のいかにも軽薄そうな青年が店番をしていた。

青年は、暇だったからか、レジカウンターに座ったまま物珍しそうに私を見た。
当時、東洋人の子供(子供に見えるのだ彼らには)が一人で、ブランドショップでもないCDショップに入ってくるのは珍しかったのだろう。



一方、CDショップに入った私は完全に混乱していた。

当たり前だが、日本のCDショップやレコード屋ではカタカナの表題が添えられているものも多く、CDやレコードの間にはABCやあいうの札が差し込まれて一目で分かるようになっている。
店員さんが書いたポップもあり、おススメも分かる。

そういうものが何もなく、当たり前だが、英語だけの表題、どう並んでいるのか分からない棚。
どう見ていけばいいのか分からない。

時間があまりなかった。

思い起こせば、モトリー・クルーのこのCDは出たばかりで目につくところに置いてあったのだと思う。
私はかろうじて自分が聴くバンドの一つだと認識できたそのアルバムを持ってレジに行った。

いくら払ったか覚えていない。
2ドル程度の釣りが出る、札で払ったと思う。

覚えているのは、レジの青年がCDを見てにっこりと笑って、レジスターの中をごそごそと探して、一枚のコインをを取り出したことだ。
青年はくしゃくしゃの一ドル札をまず置いて、コインを掲げて
"One dollar OK?"
と言った。

当時のアメリカでも既に1ドルコインは珍しかった。

私は一瞬意味が把握できなかった。

事前の予習では、1ドルは札じゃなかったっけと思っていた。
つまり青年は、東洋人の子供に、せめてもの土産がわりに、お釣りに1ドル硬貨を混ぜてくれたのだ。

その善意は後からじわじわと気付いたのだけれど、その時、私はその正確な意図に気づかないまま、
Thank you very much.
と言った。
礼が言えていて良かったと後で思った。

CDショップを出る時、青年は手を振ってくれた。

モトリー・クルーのそのアルバムは、日本に帰ってみれば山のように並んでいて、友人たちにも、わざわざアメリカでそれを買わなくてもというようなことを言われた覚えもある。

けれど、スマホもなく、事前の下調べも、リアルタイムの翻訳ソフトもない時代に、1ドルコインは未だに私の大事な宝物で、アルバムは聞くたびにそのことを思い出すよすがだ。

ひとときすれ違う、人の関わりこそ美しい。


投げ銭歓迎。頂けたら、心と胃袋の肥やしにします。 具体的には酒肴、本と音楽🎷。 でもおそらく、まずは、心意気をほかの書き手さんにも分けるでしょう。 しかし、投げ銭もいいけれど、読んで気が向いたらスキを押しておいてほしい。