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上村元のひとりごと その453:鈍

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 快適スマホライティングを支えるものは、実は、原稿用紙です。

 文字数カウントのためだけではない。

 スマホは、考えながら文章を打つことに、あまり向いていない。

 操作の一つ一つが、非常になめらかなので、立ち止まり、深く考察してしまうと、進まなくなる。

 どこまでも、さくさくと、目的達成に邁進していくのが、ふさわしい使用方法。

 ちなみに、その点、パソコンは、じっくりできます。

 起動からして、時間がかかるので、待っている間に、結構な思考量をこなせる。

 文字入力も、ローマ字方式だと、あ、と表記させるには、アルファベットの、a、を押さなくてはならず、頭の中で、変換作業が必要になる。

 どこまでも、手間をかけ、辛抱を重ね、長大な原稿を仕上げるための、最適な機械と言えます。

 みにまー。

 はいはい、どうしたの。

 基本的身体移動を、かなり人間に頼りがちな、愛猫ミントは、こうして、何分かに一度、僕を呼びつけます。

 抱っこして、ベッドから降ろしなさい。

 御意。

 ひざまずいて、青緑色の毛皮をお抱き申し上げ、そうっと、床にお連れします。

 にまーん。

 よろしい。

 そこ、どきな。

 すみませんでした。

 お散歩にお出かけの、大きなおしりを、ひれ伏して、お見送りし。 

 ため息をついて、炬燵に戻ります。

 女王様気質の愛猫のおかげで、僕の執筆時間は、常に、細切れ。

 とても、頭の中で、複雑な文字変換を繰り返すゆとりはない。

 さりとて、思考のペースをスマホに同化させ、思いつくまま、文字数無制限、果てしなくつぶやき続けられるほど、若くもない。

 そこで、原稿用紙の登場です。

 罫線ノートと違って、升目は独立しています。

 あ、い、う、と一つずつ、文字を埋められるため、脳内変換労力は、最小限で済む。

 ぬんぎゃー。

 どうなさいました。

 突如、背後で怒声が上がり、勢い良く振り向いた拍子に、首筋が、びしっと攣って、ぐぬぬ。

 激痛をこらえて、ミント様のもとへ這い寄り、ぶんむくれの毛皮を、再度抱き上げ、宿敵であるクモからお護りします。

 おまけに、原稿用紙には、ルビを振る溝がついていて、一行ずつ、切り離されているので、愛猫による中断を利用して、それまでの話を、切り換えることもできるし、素知らぬふりで、継続することもできる。

 電力不要、完全に自分のペースで、物を考え、文章を作るには、真にふさわしい媒体。

 原稿用紙なくては、僕は、iPhoneライターを、廃業せざるを得ない。

 不思議なものです。

 アナログの極みのような紙切れが、最先端の電子機器のパフォーマンスを、マックスに近づけているなんて。

 むんふー。

 大丈夫、もう、いないよ。

 こんなにも、毎回、逆上して追い払っているのに、まるで意に介さず、執拗に姿を見せ続ける、あの黒い八本脚を、何とかしろ。

 荒い鼻息と、無茶苦茶パンチのお叱りを受けつつ、その辺を歩き回って、どうにかなだめる、僕は、鈍。

 何につけても、かっこよく決められず、いつまで経っても、何者にもなれず。

 いちいち、アナログとデジタルを、切り分けたまま、併用せずには落ち着かない、どうにも面倒な思考回路は、しかし、時に、ちょっとした飛躍を見せます。

 スマホと原稿用紙の隙間こそ、僕の居場所。

 物書きの面目躍如たる、新しい発想の揺りかご。

 大事に、温めたいと思います。

 むくれた愛猫の、ぽさぽさの毛皮を撫でるみたいに。

 優しさは、鈍から生まれ、ゆったりと、心のひだに沁みるのです。それでは、また。

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