見出し画像

【掌編】『聖戦』

その人は、いきなり話を切り出した。

「この世界は...とても長い間...あなたの知らない所で....」

.........

4月、強風が吹いたその日、俺は大学時代の友人Mと偶然再会した。約5年ぶりの事だ。
駅のホームを颯爽と歩いてきたMは、俺に向かい軽く手を挙げた。
「よう!」
いきなり声をかけられ、俺は戸惑いを覚えた。Mに似てる..な..
反応の鈍い俺に、Mが笑いながら続ける。
「俺だよ、Mだよ」
「えっ、あっ、そうだよな...久しぶりだな」
何かが随分と変わった気がする。
容姿は年相応だが、目つきと醸し出す雰囲気が、俺が知る以前のMとは違うのだ。
社会に出て5年経ったとはいえ..
何というか...まるで...
俺は、釈然としないものを感じながらMに聞いた。
「M、変わったよな。何ていうか...」
「別人みたいって?久しぶりに俺会った奴は、全員そう言うよ。ははっ」
話し方にも違和感を感じる。
Mが続ける。
「お前、今日、時間あるのか?」
俺は答えた。
「ああ。金は無いけど、時間はある」
その答えにMは笑って頷く。
「金なんていらないよ。なあ、携帯の番号教えてくれないか?」
「ああ、いいよ」
そして、Mはポケットからスマホを取り出し、画面を指で叩きながら俺に言った。
「是非、会って欲しい人がいるんだ」
「..いきなりだな。別にいいけど」

駅の改札を出ると、何処に向かうか具体的に告げないままMは歩き出した。そして、スマホを見つめながら俺に問い掛ける。
「お前、まだ書いてるのか?」
「え?いや、まあ...趣味程度にな」
Mは、俺の今の生活には特に興味が無い様だった。
大学を出ても、作家を目指して職を転々としてるなど、自信を持って話せる事では無いから、こちらとしては有り難い事ではある。

お互い探り合う様な沈黙が続く。
しばしの沈黙の後、Mは俺に顔を向けた。

「お前、今のこの世界をどう思っている?」

「え?..」

ああ...
そういう事か..なるほどな..
俺は質問に答えず、そのまま無言で歩き続けた。

5分ほど歩いて到着したそこは、大通りから少し入った場所にある9階建てのビルだった。
俺は、Mに促されるまま建物に入り、エレベーター乗り込んだ。
Mが最上階のボタンを押した。

数秒後、エレベーターのドアがゆっくりと開く。

その先には異世界が広がっていた..

最上階の広々としたその部屋は、薄暗い照明の中、高級そうなインテリアと、悪趣味に思える不気味なオブジェが節操なく並んでいる。
中世の様な衣装を着た小柄なその人は、部屋の真ん中にあるソファーに膝を抱える様に座っていた。そして、じっと一点を見つめ続けている。両隣には、屈強な中年男性ふたりが、その人を護るように姿勢を正して座っている。

Mも姿勢を正し、その人に歩み寄る。
その後ろに俺も続いた。
深々と頭を下げるMにつられ、俺も頭を下げた。
「...どうも」
その人は俺の挨拶には無反応で、自分の金色に染めた長く綺麗な髪を触りながら、じっと俺の顔を見ている。
俺はその視線に耐えられず、床に敷かれた高級そうな絨毯に目をやった。

その人はいきなり話を切り出した。
華奢な身体とは真逆の力強い声音だ。

「この世界は...とても長い間...あなたの知らない所で...」

それは俺には理解できない世界の話だった。
10分程だろうか。
俺はMと並んで立ち、その人の話を聞かされた。
一通りの話を終えたらしいその人は、突如無言になり、再び自分の長い髪を触りだした。
この時、俺の頭の中には、その人が発した言葉の断片だけが残っていた。

『私の夢に..』『5月..』『とても明るい..』『花火が...』『沢山の赤い色..』

Mはその人に深く一礼し、俺に部屋を出るよう促す。
先に出たMに続いて、俺も部屋を出て、無言のまま再びエレベーターに乗り込んだ。
ビルの外に出ると、Mは握手を求めて俺に手を差し出してきた。
だが俺は手をポケットに入れる。
「連絡するよ」
Mは冷めたトーンでそう言い、踵を返してビルの中へと消えた。

その翌日から、毎日きっちり決まった時間にMからの着信があった。必ず1回のみだ。

俺は一度もその電話に出ることは無かった。

Mからの電話は、2週間以上着信し続けた。

だが、Mからの着信は突然途絶える。

..........

その日、俺はネットニュースで、都心のビルで爆発事故があった事を知った。

Mに連れていかれたビルのあの部屋だ。
何人かの負傷者が出たらしい。

『5月...』『花火...』『赤い..』

本当に事故なのか...

瞬時にその人の言葉が蘇る..

『この世界では..とても長い間...あなたの知らない所で、光と闇の闘いが続いています』

光と闇、か..
おい、M..
一体、お前はどっち側にいるんだ?

俺は、浮かんできたMの姿を振り払った。

そして仕事に向かう為、部屋を後にした..

【終】

サポートされたいなぁ..