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明日になったら、似合わないものが似合う自分になるかもしれない

何もかも失った。今の私には何もない。大げさかもしれないけど、でも心からそんな風に思ったときがあった。

大学生のころ、大好きだったバイト先が潰れることになり、彼氏とも別れ、そして一番の親友は留学するためにアメリカに旅立っていくという、すべてが同じタイミングで起きたときがある。

バイトもない。すなわちお金もない。大切にすべきだった彼氏も失った。友達も、失ってはないけど、会うことが当分できなくなった。すべてが一瞬でなくなり、私だけがぽつんと取り残された気分になった。

そんな落ち込んだ様子をメールから感じ取った親友は「だったら気分転換にアメリカに遊びにくればいいじゃん」と言ってくれた。たしかに、バイトしていたお店も彼氏も、もうこの世界のどこにもないけど、どんなときでもいつも一緒にいてくれた親友には飛行機に乗れば会うことができる。

だけど、ついてないときって本当についていないんだと初めて痛感した。

すがる思いでアメリカまでの航空券を握り締めて成田空港に向かった。しかし、精神的にも不安定で、注意が散漫だったところもあったのだろう。空港に着いたら、あったはずの財布がカバンから消えていた。落としたのか、盗まれたのか。そんなことはこの際どっちでもよかった。まさか、本当にまさかだった。

気がついたのは飛行機に荷物を積んだ後で、「無一文で出国するかしないか」の決断を迫られ、さすがに乏しい英語力で一銭も持たずに飛行機に乗ることはできず、大号泣しながら乗るはずの飛行機を見送った。

何をやってもうまくいかない。やっぱり私には何もないんだ。

そうしてさらにふさぎこんで、鬱々とした日々を過ごしていた。

それからしばらく経ったころ、家に荷物が届いた。送り主はアメリカにいる親友からだった。開けてみると、「HAPPY BIRTHDAY」というメッセージカードとともに1枚のTシャツが入っていた。もうすぐ誕生日を迎える私のために、わざわざプレゼントを贈ってくれたのだ。カードには「これはサンフランシスコで人気のフットボールチームのTシャツだよ」と書かれていた。

薄いピンクのそのTシャツには、サンフランシスコで人気らしいチーム名がデカデカとプリントされていた。正直、ピンクはあまり似合わないから自分だったら絶対に選ばない。

そうは言ってもせっかくもらったし、とりあえず1回すぐに着てみることにした。

だけど鏡には、ほら、やっぱり。全然似合ってない自分が映っていた。おまけにアメリカ基準なのか、サイズもブカブカ。っていうかそもそも私、別にフットボールのファンじゃないしね。もう、何ひとつ私に合ってないでしょ。

長い付き合いだし、私の好みもけっこう知ってるはずだけど。なんでこんなプレゼントを送ってきたんだ。適当に選んだにしても、せめて海外から送るんだからもう少し小ぶりのものにすればいいじゃん。なんでわざわざ、かさばるものを。なんで、なんで。

なんだかあまりにもミスマッチなプレゼントに、異常におかしさがこみ上げてきた。

それはもうひとしきり笑った。そうして笑い疲れたら、なんだかすっきりした気分になった。

鏡に映ったちぐはぐな自分の姿は、なんだか違う人みたいだった。今まで自分が思っていた私とは全然違う別の人。

なんとなく、これから新しい自分になれるような気がする。このTシャツが似合うような、別の自分が明日にはいるかもしれない。今はまだ気持ちも整理できてなくて、どうしようもなく心が重い。だけど、この先にはそんなことが気にならなくなるような、別の自分がどこかで待っているんじゃないか。

それから新しい何かになれたのかはわからない。いまだに大学生と間違えられるくらいには顔付きも変わってないし、相変わらずスポーツへの興味はミーハーレベルだ。体型も変わってないから、今着てもあのTシャツはやっぱり似合わないだろう。

だけど、あのころ何もないと悲観していたときとは違った、別の自分なんだと思う。

何もなかったはずなのに、気がつけばまた大切なものができた。それは仕事だったり、恋人だったり、もっと違う何かだったり。そんな新しいものを手にして、でもまた手から離れて落ち込んで。その繰り返しだけど、そのおかげであのころとは違う自分がいるんだと思う。

明日にはまた、何もない、と泣いてしまうようなことが起こるかもしれない。だけどまたそこから何かを手にして、大事にして、そうやって自分も変わっていって。いつだって今とは違う自分がこの先に待っている。

あのとき、そんなことを教えてもらった気がする。だから私は、これから何があっても大丈夫だって心のどこかでは思える。

友達も留学から戻ってきて、今でもしょっちゅう会っている。そういえば、いまだにあのTシャツの意味を聞いたことはない。本人はどういうつもりで送ったのかまったくわからない。だけど、いまさら聞いてもしょうがないし、今はそのまま、あのとき救われたことをこっそり感謝してようと思う。

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ありがとうございます!
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ライター/編集者です。しゃべることが苦手なので始めてみました。

コメント1件

素敵なお話ですね(^^)
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