深夜の立ち食い寿司とプリン

その日はとにかく疲れていた。早朝から仕事で動き回り、ろくに食事も取らずにいろんな人と面会し、いろんな書類を書き、気づけば夜中になっていた。

23時前くらいに会社を出てしばらく歩いていると、肩と首と目のあたりにびっしりと疲労が根を張っているのがわかった。会社の中では気を張っていたようだが、一度疲れを実感してしまったらもう何をする気力も起きなかった。

家に帰っていまから何かこしらえるなんて考えたくもなかったので、駅に着く前に目についた立ち食い寿司の店に入った。出されたお茶を飲みながら、せめて座れる店にすべきだったと後悔した。

げそ、玉子、サーモン。75円の安いネタをいくつか注文した。あじ、いわしも100円だった。とにかく手頃でありがたい。少しほっとした気分になって、ビールを飲むことにした。

店内は同じような客でいっぱいだった。みんなが疲れをずっしりと身に纏っているように見えた。仕事後に1人で来る人が多いようだ。2人組と思われる男性客も静かに飲んでいる。一番元気なのは注文を一つひとつ大声で繰り返す板前だった。

店員さんは1人だけ。外国人の女性だった。板前につられて威勢よく注文を反芻したり、レジを打ったり、忙しそうに動き回っている。とても働き者だ。

空気が変わったのは、僕の隣の男性客に何かを運んでいった次の瞬間だった。

「おいおいプリンじゃないよ!」

男性客が大声で言った。なにごとかと思って横を見てみると、おじさんがプリンを2つ手に持って立っていた。

すごく不思議な光景だった。なんでプリンを2つも…。でも「プリンじゃない」って言ってるし、よくわからない。いったい何が起きているのか。

「俺はブリを頼んだんだよ…」プリンを持ったおじさんは少し笑いながら続けた。

店員さんと板前さんは一瞬動きが止まった。他の客は笑いをこらえている。店内に温かい空気が広がった。僕はビールをぐいっと飲み干して、おかわりを頼んだ。

この日、カジュアルな立ち食い寿司屋でブリを注文するときは気をつけたほうがいいことを知った。ブリとプリンはよく似ている。デザートにプリンを置いている店なら要注意だ。

疲れはもうどこかに飛んでいった。追加で頼んだブリをビールで流し込み、さっきよりもいくぶん足取り軽く店を出た。

今夜はいいものを見た。明日もがんばれる気がした。

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