いちプロSS_07

7話 ~約束~

-都立杉山高校-
公立高校では珍しい芸能科が存在する高校。

「おっす、灰音!」
「痛って!おい、ワンこおすわり」
「犬扱いはひどくない!?」
灰音も172cmと決して小さくはないが、飛びついてきた男は180cm。
位置エネルギーを内包した一撃に灰音はたまらず体勢を崩す。
「うん、今の返しとテンポはなかなかいいんじゃない、タイガ成長したな85点」
「採点付き!?」
2人の掛け合いも今ではいつものこと、灰音が高校で自由に振る舞えるのも犬もとい黒崎タイガの影響が大きいだろう。
芸人を目指すタイガが灰音の鋭いツッコミに一目惚れ、忠犬のようにくっつくようになってもうすぐ3年になる。
そしてこの2人が現れるところに毎回いつの間にか現れる女性。
「朱御さんも黒崎さんもイチャイチャするのはとても喜ばしいことですが、校門の前で夫婦漫才するのは邪魔なのでさっさと退いてください」
「なぁ、灰音。毎回思うんだけどゅぇマネちゃんて人の心はないんか?」
「タイガ、あきらめろ。あのゅぇさんが一度も褒められたことないって言ってたくらいだからな」
「事実無根です。ファンレターを頂いてからゅぇさんからファンをとってしまうかもしれないので表向き冷たくしていただけです。
 それに私の名前はゅぇマネちゃんではなく…。いえ、もうゅぇマネちゃん呼びは諦めましょう」

入学当初、芸能関係を目指す生徒も多いこの学校では灰音のうわさを知る者も多かった。
≪血族の呪い≫
伝説のアイドル龍ヶ浜ゅぇ消失事件は未だに未解決事件である。
そんな折にいちプロの血族から実質破門された灰音に対して疑念を抱くのは当然だった。
芸能業界を牛耳り、慢心した血族の呪いの子だなんて噂が広まったのだ。

そんな灰音の前に現れたのが黒崎タイガだ。
「おっ?お前が噂の血族の呪いの子か!」
この発言以降ひそかにノンデリと言われているが本人曰く
「なんか周りの奴らがチクチク噂してる空気あっただろ、ああいうのはいっそ突っ込んでった方がうまくいくんじゃないかと思ったんだよ」
だそうだ。
あながち間違ってはいないが、それを実践するのはノンデリと言われても仕方ないだろう。

そんな二人の掛け合いをゅぇマネちゃんがバッサリと切り伏せるまでがお決まりのパターン。
「それと黒崎さん、月皇つきがみ先生が呼んでましたよ。今回は何をやらかしたんですか?」
「そのいつも問題起こしてるみたいな言い方!いや、マジでなんもしてないっすよ?だからそのゴミを見るみたいな目はやめて!」
「ゅぇマネちゃん…それ以上はタイガが変な扉を開いちゃうからやめてあげなよ」
「開かねーよ?」
「いや疑問形で返すなよ」
「くだらないこと言ってないでさっさと行ってください」
「…開かねーよ?」
少し肩を落としながら黒崎タイガがとぼとぼと歩いていく。

「さて…で?何の用なのゅぇマネちゃん?」
「…誰に似たんだか、察しが良すぎて怖いですね。
 それほどたいしたことではありませんが一応確認をしておきます。
 この監視生活も残りわずかですが進路はどうするか決まりましたか?」
「…べつに~。本家に興味もないしテキトーに大学行ってフツーの人生を謳歌するつもりだけど
 ゅぇマネちゃんこそやっとお役御免でしょ?やりたいこととかあんの?」
「私は次の仕事は決まっていますよ。優秀すぎて引っ張りだこですから」
「際ですか、じゃあゅぇマネちゃんとも卒業までの付き合いになるかな?
 なんだかんだ楽しかったよ」
「そうですか…。私は少し疲れました」
「そう?ごめんね」
言葉とは裏腹にそんなそぶりは見せずひらひらと手を振り教室に向かう。

「…一つ目の約束はこれで守れたんでしょうか…ゅぇさん…」

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